淡雪のように、消えていった。
淡雪のように、消えていった。
*中学三年生の夏

 学校に行き、授業を受ける。同級生や先生と必要最低限の話だけをする。給食を食べる。掃除をする。与えられた事をして家に帰る。
 そんな流れ作業のような毎日が過ぎてゆく。 

 中野翔(なかのしょう)くんとは同じクラスで、同じ保健委員になった。うちのクラスはいつも早く終礼が終わる。だから委員会で集まる時、早めに集合場所の席に着き、他のクラスの人達が揃うのを毎回待っていた。その時、席が隣だということもあり、いつもふたりで話をしていた。私の中で唯一必要最低限ではない、世間話とかをしていた。

 周りの人にとってはこれが“普通の会話”なのかな? 私にとっては日頃、こういう会話をする事がとても難しい事だった。

 彼は明るくて、クラスの人気者だった。誰とでも気さくに話せて、悩みなんてないんだろうなぁ。って思わせるタイプ。だからきっと彼にとっては、私と話をするこの時間は日常の一部なのだろう。

 ちなみに私は正反対で、人と目を合わせる事すら苦手で、いてもいなくても何も変わらないくらいクラスで存在感がない。彼とは全くの正反対。

 いつも通り全員揃うのを待っていた時、彼は鞄をごそごそしながら、私にだけ聞こえるくらいの声でぼそっと呟いた。

「あ、そういえばペンケースと間違えたんだった」

 え? 何と間違えたの? と心の中で呟きながらちらっと横目で見ると、彼は鞄からコーンマヨネーズパンを出していた。
 ん? ペンケースを持ってこようとしてたのに間違えてコーンマヨネーズパンを持ってきちゃったって事?

 他の人がそんな事しても全く楽しくないと思うけれど、彼が間違えてそうしている風景を想像していたらなんだか面白くなった。朝、急いで準備していたのかな?とか、昨日の夜準備していて寝ぼけていたのかな?とか、私の想像を掻き立てた。それとも好きすぎて無意識に入れた?

 私は声を出さずに口元をおさえながら、彼とは逆の方向を向きこっそり笑い、肩を数回震わせた。なんだろう、くしゃみを我慢しているように見せかけた感じの音も出してしまった。

 ばれないと思っていたのに。彼のアンテナは些細な出来事もキャッチするのか。
「なんだ、笑えるじゃん」
と、彼は私に言ってきた。
「だって…ペンケースとパンを……」
 私は再び笑った。彼に顔を見せながら。

「笑ったらいいよ! うん、可愛い」

 彼は綺麗な歯を見せながらキラキラ微笑んだ。
 私は、人と関わるのが苦手で笑顔も苦手。初めてそんな事を言われた。
 
 お世辞なのは分かっているけれど、その言葉が私を惑わせ、彼の爽やかな笑顔が私の心の中をいっぱいにした。こんな私に話しかけてくれて、優しい人だなと好感は持っていたけれど。

 
 ――恋に落ちた瞬間だった。
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