丸いサイコロ



 部屋まで行く間、誰にも出会わなかった。
誰かとすれ違えたらいいな、とか思っていたわけではないが、なんとなく、曲がり角や、視界を遮る観葉植物を、たびたび見かけると、誰かいる気がしてしまうのだ。
いなかったけれど。


二番目に大きい宿泊部屋(洋)につくと、小さく、ドアをノックしてみた。返事はない。誰もいない。ちょっと押してみる。

――なんと、鍵は開いていた。
なんと、と思いながらも、なんとなくの目安というか、泊ってるならここだろうなあ、というのはあったわけだが。うまく説明できない。
とにかく、やっぱり、という感じでもある。
――コウカさんも、この部屋に泊っているらしい。
ぼくはとくに覚悟もなく、さっさと部屋に踏み込んだ。
目の前の机に、飲みかけな紅茶が置かれている。いいにおいがした。もちろん飲んだりはしない。

踏み込んでから、ようやく、これって、どうなんだろう、と思った。
見つかったら明らかに不審者だ。変態扱いだ。

「そうは言っても、まさか以前のぼくと同じ部屋に泊っているとはね……というか、やっぱりあの人も、大切なお客様ってことなのか」

実は昔、ここに泊ったことがある。そのときは、まつりがここに泊めてくれたが、本人には、もうその記憶はないだろう。

確か、勝手に入ったのだ。二人で遊べる場所を探していて、まつりが提案して、なぜか、ここの鍵を持ってきていて――それで、二人で別々に過ごす部屋を選んだ。まつりは一番豪華な部屋で、ぼくは二番目だった。
なぜ部屋を選んだかといえば、二人とも泊まったからで、なぜ泊まるかというと、そこに来た時点で結構日が暮れてしまっていて、こっそり来たことが家にバレたくない、とまつりが嫌がるし、ぼくも家は苦手で、あまり帰りたくなかったから。

一言でいえば、暗くて帰り道に迷いそうだったので。

とりあえず、二人で買い物に行って、ここで夕食を食べた。残念ながら一日でいろんな方にばれたが、まつりを心配する方が先になり、あやふやというか、おとがめなしだった。

「コウカさんは、ぼくが入ったって気付くのかな……それか、まさか最初から気付いていたりして」


……あれ?
今さらだけど。
思い出すのに時間を使ってて、ピンと来てなかったけど。

──ケイガちゃんが探していたのは、コウカさんではなくて、エイカさんだって話と、ぼくの過去と。

「──どう、関係が?」

とりあえずは、ベッドの左側の机の引き出しを迷いなく開ける。(嘘。少し、迷った)すると、あった。


 片方のウサギさん。あのときに、忘れたヘアゴムの片方だ。ここに置いていったものだ。そう、ぼくが。

 欲しかったんじゃないし、ぼくの持ち物ではない。見つけたときに怖かったから、ずっと、見えないように隠していたのだ。あまり格好いい言い訳じゃないが。(言い訳自体、格好いいことでもないか)


 もともとは、片方が、部屋のベッドの中に、落ちていて、もう片方が、廊下に落ちていた。そしてぼくは、当時、廊下にあったのを咄嗟にポケットに入れ、そしたらベッドにあったのを、見つけて、引き出しに隠したのだ。見たくなかった。それだけが理由で。それを、誰かが持っているのを見るのも、届く範囲に置いてあるのも昔は特に耐えられなかった。


 ポケットに入れたまま、片方を持ち帰ってしまったことに気付いたときから、ずっと罪悪感が残っていた。ああ、これでようやく、二つそろうな。
──片方を持って来ていれば。


なんで忘れてきたんだよ! と思ったが、クラッカーを留めるのに使われたから、そのまま棚に戻しちゃったのだ。まつりが、あのゴムを使ったことには、意味があるのかなあ。ちょっと気になる。
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