ノート

次の日の朝になるとなんだか身体が怠かった。
ずっと起きてたからか、はたまた雨で冷えたのか風邪を引いたのかもしれない。

「あんたいつまでさぼってるの!?」

 数日のリフレッシュだと思っていたらしい母が、部屋に乗り込んできた。今日は休みなようだ。

「みんな真面目に通ってるのよ!? どうすんのあんたそんなことで! ねぇ!」

布団から動かない俺を、揺さぶっている。

昔から具合が悪くても顔に出ない。
だからいつも、遊んでると思われる。
 休みたいと言うと信じて貰えないから、一度学校に行ってから帰ってくることもあった。

「……元気になったら、行くよ」

 そういえば、これ、休んでいるという感覚すらないな。
不登校と休学は違う。
休学届けを出して休んでいるからだ。
だけど母には同じことだった。
「元気って何!? 勝手にずる休みして! どんな理由があるの?」

父親なんだろ?
そいつと付き合ってたんだろ?
そいつ止めてくれよ。
なんて、言う気力はない。
理由なんか言えば、ただヒステリーになるだけだ。バカ姉と母は怒り方が似ている。

「あんたが、行くって決めたのに、行かなくてどうするの!」

 あのテレビ番組が打ちきりになって、あのお笑い芸人が干されて、あのポスターが町から消えて、あの本が売れなくなってあの映画がやらなくなるまで元気になれそうにないなんて、言うわけもない。
ああ、それが話題を集めて、町の人たちの口から話されて、というのもあった。
 俺の為に、沢山犠牲をつくるやり方が気に入らない。回収不能。
立ち直りたくて、行こうとしているからこそ、全部聞き流してしまいたい。
「さっさと自立しなさいよ!」

母は、釘をさして部屋から出ていった。
俺は庭より先に行きたくなかった。
本も、ポスターも、映画も不快だからだ。
 逃避するために耳にイヤホンを差し込んだのにそれさえも、引っこ抜かれることを知った。
携帯も、携帯できないくらい頻繁に通信障害。


うるさくて不気味で、視覚も聴覚も支配されている状態で外に向かいたくなかった。


出られるか?
頭の中で聞いて、混乱する。
出られるけど、誰かが居たら帰るかもしれない。
心が、追い付かない。
カウンセリングには行きたくない。
ノートも、かけなくなった。

ただ身体が重たい。
ぼーっとして、息苦しい。外に向かうだけのことを考えて、ぼーっとして、何処に向かうんだっけ? と5回くらい繰り返す。
なんだか、バカ姉が怒られてるみたいで、少し楽しくなった。
ぎゃーぎゃー泣き叫び俺の首を絞めたり走り回ったりするので母が怒るに怒れない問題児。
自分が怒られるところをバカ姉だと思えば、なんだか楽しい気分。

俺が少し休むと、「さぼり」で「自分で決めたことも守れない」。
復唱して、あははは!と笑う。

「クズだな!」

 バカ姉は暴力も振るうから更に輪をかけたクズだと思う。
とりあえず縁を切る方法……実際には切れないとしても、表面的にでも他人になる方法があるはずだ。学校は行きたいけれど行かなくても勉強は出来るからそんなに気にならない。これから先、卒業したって、未来がないんじゃ同じだ。
そっと部屋の戸を開けると電話する声が聞こえた。
 母が、廊下の向こうで電話を受けとるのをよく見るようになった。
少し前は、ガスが止まってお湯が出なくなった電話がいきなり来た。
 この前は、電話したあとで、いきなり水を止めないでと言ってきた。
夜そんなに寒かっただろうか?

 そして今度は、いきなりミシンの修理。
こないだまで使ってたくせに壊れたのだろうか。どこまでが偶然なのか、意図的なのかわからない。
 だけど、バカ姉や母まで利用しているとなれば、俺は心を殺さなきゃ、この家で生きられない。

――現実だけは、残ってるって思ってた。

僅かでも。
何も影響されない現実だけは、少なくとも部屋の中にまではないって。

「夜、カレーだからね!」
母はよくそんなことを口にするようになった。
更新した日に限ってだ。

 書いていた話を思い出す。
カレーを作る話があった。空想に出したものを、現実でも食べさせられるのは、どこまで現実か、もはやわからない。
グラタンばかり食べた日もあったっけ。



食べたくない……
その日、カレーは食べないことにした。

もうやめて欲しい。
どうして、現実と架空を切り離すことが出来ないのだろう。

SNSに手を出そうとしたこともあった。
だけど、もし閉鎖したらみんなに迷惑がかかる。
ただ、生きたいだけなのに。

話すことも、見ることも、動いたり遊んだりも、全部なくしたら、生きる意味ってどこにあるんだろう?
 笑う意味も、無くなる。
現実で出来ない、遊んだり話したりは楽しかった。
誰かの賞に殺されて、俺はなくなる。綺羅から聞いた、アンチの人たちが気がかりだ。






玄関に来たまま座り込み、また立ち上がり、ドアを開けようとしてから……

行ったって無駄なことに気がついた。
そう。休んでたんだ。
携帯を見ると今はまだ閉鎖準備らしく、ギリギリ機能が残っているアプリから連絡が来ていた。

「成瀬には気をつけてね」
成瀬……見かけたことがある。枝折、と同じようなアイコンのアカウントだ。
部屋に引き返す。

 なんのために生きているんだろう?
いつでも死ねるのに。
隠蔽不可能にしないと、安心して死ねない。
頭がごちゃつく。
マイとかカンベとかが、 俺の人生を語ったところで、この直面を前にする本人に比べたら薄いのなんの。
頭が、ごちゃついて、うまく整理しきれない。



愛されたいなら、愛しなさいという言葉は嘘。部屋のドアを閉め、
ぼーっとした頭で、思う。
調子にのるゴミが沸いて、余計に邪魔するだけ。






『……普通の毎日が崩れる
疑惑を流されていたある日
 目が少し悪くなって、
夢と現実がわからなくなった病と戦いながら、

痛みをほっしてしまう主人公――――


「お前を救いたい」





ページを見たとたん吐き気がした。

「なに……これ……」

成瀬というやつのアカウントを探していたら目に飛び込んできたのは、俺が具合が悪くなったことを日記に書いてすぐ書かれたらしい、こんな身勝手な設定たちだった。
 救いたいなら、こんなこと書いてないですることがある。
人気取りにはなんだってネタにする。そして誰も止めない。
自分の日記に、それと似たネタにするのはやめてもらえませんかと書いておいた。
もし、ここの閲覧者だったなら何か察するだろうから。
これで、気を遣ってくれるかもしれない。
そしたら終わるだろう。
他人から聞きたくはなかった。
< 109 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop