ショウワな僕とレイワな私
一方の清士はいつも通り咲桜から借りてきてもらっていた本を読んでいたが、ふと気になることができて、途中で手が止まっていた。

もし元の時代で戦争から逃げるようなことがあれば家族ともども後ろ指を指されるが、逃げてきた先が全く遠い未来で、さらにタイムトラベルを知っている人のもとで、運が良かったのかもしれない。あのまま昭和の東京駅に着いていたとしても、そこから何処(どこ)かに行ったとしても、いつかの日には戦争に駆り出されるのである。これまで学生だからという理由で召集(しょうしゅう)されなかったが、すでに兵力が不足していたり全滅状態だと噂されたりする激戦地に飛ばされてもそれはそれで過酷な戦闘が待っているしそれ以外のところでも疫病やら栄養失調やらで倒れる最期(さいご)が待っているので救いでも何でもない。もっとも、経理なんかになればまだ良いかもしれないが、きっとアッという間に武器を持たされ最前線に立つのである。歩兵でも航空兵でも、水兵でも、生きては帰れない。だから、この時代に来て良かったのかもしれない。

清士は読んでいた本をぱたりと閉じる。

いつも咲桜から言われる「いつかは帰らなくてはならない」の言葉。まったくその通りなのである。咲桜はタイムトラベルする者は誰しもがその行先で何かの目的を果たして帰るという。自分にも何か目的や意味があるのだろうか。あるとすれば一体なんだ。

「モラトリアム...」

閉じられた本の表紙には猶予(ゆうよ)を意味する「モラトリアム」という言葉が大きく描かれている。この期間は、戦争に行きたくない自分にとっての猶予期間なのか。戦争に対する拒否感情が自分をこの時代へ連れ出し、元の時代に戻るにも戦争に対する拒否感情がそれを差し止めようとする。この猶予期間の間にどうにか理解して解決しなければならないことなのかもしれない。いま猶予が与えられているならば、ただ悲観的になるのではなく、()えて、仮に戦地に行ったとしても生きて帰る可能性を見出してはどうかとも思う。召集されたからといって陸軍に配属されるか海軍に配属されるか、さらにその中でどの部隊に配属されて何をするかはその時まで分からない。咲桜の言う「いつかは帰らなくてはならない」に従わなければ、その後の世界に色々の大変なことが起こってしまうのかもしれない。そのためにも、彼女は口うるさくそう言うのである。

清士はこの日から運命を悲観することなく受け入れ、少しでも希望を見出そうと決心した。
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