ショウワな僕とレイワな私
咲桜の気持ちを察した清士は差し出されたネックレスを受け取った。

「ありがとう、咲桜さん。もし僕が死んだら……」

清士が何かを言いかけたとき、ホームに止まっていた一本前の電車の発車アナウンスが鳴った。ゆっくりと電車が走り出す音が構内に響く。

「そしたらどうなるの」

「死」という言葉を清士の口から聴いた咲桜は少し(おび)えたような気になった。

「僕はこの時代のことは忘れてしまうかもしれない。だがしかし、君のことは決して忘れないよ」

咲桜は(こぼ)れそうな涙を(こら)えて笑顔にかえた。

「私も、成田さんのこと、絶対に忘れないから」

数分前に出た電車と入れ替わるように別の車両がホームに入り、帰宅の途に着くのであろう乗客が降りてゆく。最後の、本当に最後の別れの時間が刻々と迫っている。

「当駅始発の快速豊田ゆき、1番線から40分の発車です」

構内には疲れたような調子の冷淡なアナウンスが入り、清士はその電車に乗るべくホームへと足を向けた。

「成田さん、本当に行くの」

咲桜は別れの惜しさからか清士を呼び止めてしまったが、一方の清士はもう振り返ることなく、ただその場に立つだけだった。

「ああ、行くよ」

「本当にこれで最後なんだね」

清士は咲桜の声が沈むのが聴こえたので最後に一言だけ伝えて電車に乗ることにした。

「咲桜さん、僕は元の時代に戻っても咲桜さんのことを想い続けている。君は素敵な女性だ。これからも達者でいるんだよ。さようなら」

咲桜は何も言えず、涙も流せず、ただ遠くなる清士の背中を見つめるだけだった。楽しげな雰囲気の発車メロディーは(はなむけ)のようである。

「1番線、ドアが閉まります。ご注意……」

電車のドアが閉まる。咲桜は「待って」というように手を伸ばしたが、ホームに背中を向けて座っている清士には見えない。ゆっくりと電車が動き出し、だんだんホームから遠ざかってゆくのを見て、咲桜はそっと涙を流した。行ってしまった、もう会えなくなってしまった。それ以上見ていられず、ホームに背を向けて改札へ戻った。

「すみません、間違って入ってしまったので取り消してください」

改札口で入場料金を払い入場記録を解除してもらった咲桜はとぼとぼと家へ向かって歩いた。初めて清士と出会った中央線のホーム。迷っていた彼を待った八重洲口。お互いのことを話して歩いた夜の八丁堀の町。全ての思い出が咲桜の悲しみに追い討ちをかけた。
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