ショウワな僕とレイワな私

「何もかもが新しい」

咲桜は目を覚ましてすぐスマホの画面を見た。土曜日の朝8時、外は明るく、陽光が差し込んでいる。

「どうやってベッドまで行ったんだろ、私」

昨日着た服のまま布団にくるまっていた。強ばった体を伸ばし、リビングに向かう。清士は、昨晩窓辺を眺めていたまま寝ていた。

「もう、そんなところで寝たら体が冷えるじゃない」

咲桜はブランケットを持ってきて清士の身体に掛けた。そのまま朝食を作るためにキッチンに向かい、レシピサイトを開いて何を作るか考える。洋食が良いのか、それとも和食が良いのか。戦前で大学生ならきっと中流以上の家庭の育ちのはずだから朝ごはんが洋食かもしれないし、それでも和食かもしれない。咲桜は悩んだ結果和食を作ることにした。ご飯を炊いて、卵焼きと蓮根のきんぴら、そして味噌汁を作る。

「うん、いい感じ」

味噌汁を少し味見して、朝食が完成した。ダイニングテーブルにセットして清士を起こす。

「成田さん、朝ごはん作ったけど食べる?」

清士は咲桜が揺すったので、ぱっと目を開けた。

「大戸さん、おはよう」

「おはよう……で、ご飯食べるの?」

「いただこうかな」

咲桜はお箸を持ってきて座った。

「ごめん、元彼のお箸だけど」

清士は全く気にしていないような素振りで箸を受け取って、ただひたすらに食べていた。食べ始めてから箸を置くまで一言も話さなかった。咲桜は、この人はよほどお腹が空いていたのだなと思いながらその様子を眺めた。

「いやあ、大戸さんの作る飯は絶品だな。定食屋でも開店できるんじゃないか」

清士は冗談まで言ってしまうほど満足していた。正直なところ80年後の食べ物なんて見たこともないようなよく分からないものが沢山あると覚悟していたが、案外そう変わらないもので安心した。そして、清士は昨晩咲桜に言いそびれたことを話すことにした。

「あ、そうだ。大戸さん、今日は図書館に行きたいと思うんだが、どうかな」

咲桜は清士の突然の申し出に少し驚いた。

「図書館?何しに行くの?」

「憲法を読みたいんだ。80年も経っていれば憲法もところどころ改正されているだろうと思ってね、加えて言うならば、憲法というものはその国を定義する法なのだから、まずそれを知らぬことにはこの世界を知ることができないのだよ」

やはり清士は法学部の学生というだけあって、80年後の世界を知るためにも法律を読むらしい。咲桜は清士を図書館に連れて行っていいかどうか悩んだ。というのも、タイムトラベルした人間が未来で起きる出来事を知ってしまって良いのかという疑問があった。この国の憲法は第二次世界大戦での敗戦をきっかけに名前から内容までの全てが変わってしまっている。もし清士がそのことを知って、過去に戻った時に他の人に話してしまえば、その後の未来が大きく変わってしまう可能性がある。しかし、清士が望むことを拒否する権利もないと思った。

「図書館に行ってもいいけど……。ひとつだけ約束してほしいことがある。この世界で知ったことは、元の世界に戻ったら誰にも話さないでほしい、いや、できれば忘れてほしい。もう先に話しちゃうけど、今の日本は『日本国憲法』っていう憲法を使ってて、成田さんの時代の『大日本帝国憲法』は廃止されてるの。この世界で今の憲法の存在や内容を知るのは自由だけど、もし元の世界に戻ったときに他の人に80年後の未来の話をしたら、何かのきっかけでその先の未来が変わってしまうかもしれないから、それだけ約束して」

清士は咲桜の言ったことを完全には理解していないようだったが、感覚的に掴めたような表情だ。

「つまりは、もといた時代でこの時代のことを口外しなければ良いということだな。よし、約束しよう」

2人は食卓を片付けて、図書館に向かう支度をした。
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