魔女のはつこい
「成程ねぇ…難しいことはさておき、アズロさんがセドニーを大切にしてくれているのはよく分かったわ。」

ねえ、お父さん。そう母が問いかけると父は歯を食いしばって懸命に耐えていた。何と戦っているのだろうか、それは本人にしか分からないものと判断して母はそれ以上声をかけなかった。

「なんか…お姫様と騎士様みたいね。」
「ちょっと、マリン!」
「だって守るとか支えるとかさ。それこそ小説の中みたいな話じゃない?アズロさんがお姉ちゃんにべた惚れって感じ。」

揶揄いモードに入った妹を止めるべく不機嫌を惜しげもなく態度に表しても全く引く気配はない。

「ね、アズロさんから見たお姉ちゃんってどんな感じなの?」
「マリン!いいからご飯食べて!アズロもほら、食べて!」
「いや、それはぜひ聞かせてもらいたい!」
「お父さん!!」

ようやく食いしばっていた歯を解放した父は前のめりになってアズロに挑んだ。自分を納得させるような事を言ってみろという挑発にも似ている。いい加減我慢の限界だったセドニーは止めようとするが、母親によって妨害された。無言で首を振る母の姿に父親が納得するようにやらせろと言われた気がしてどうしようもなくなる。

「答えてもらおう!」

父親からの追求に少し視線を落として考えた後、アズロは隣にいるセドニーを見つめて口を開いた。

「自分と向き合う事の出来る自立した人。」

それはこれまで傍にいた中で一番アズロが感じていたことだ。この言葉を皮切りにアズロの口から次々とセドニーに抱いていたものが紡がれていく。

「弱くて脆い所もあるが、無茶をせずに助けを求められる人。相手を思いやれる人。変化を恐れずに受け止めることが出来る…強い人。」
「アズロ、それは…言い過ぎ…。」
「俺はそんな貴女を心から尊敬している。」

まっすぐに見つめるアズロにセドニーはそれ以上言葉にできなくなり、ただひたすらに顔を赤く染めた。

自分の中での評価はそこまで高くはない。周りをどうこうよりも、常に自分に必死だった感覚しかないのだ。そんな自分がここまで褒められるなんて思いもしなかった。

アズロの言葉はセドニーを最高評価している、何だか申し訳なくもあり恥ずかしくもあり嬉しくもあり。ふわふわと気分が高揚したおかげで半分涙目なのは気のせいではないだろう。面白くなさそうな顔をする父親とは異なり、母親もセドニーにつられたのか心なしか顔を赤く染めていた。

「…私が期待してたのと違う答えだったけど…なんかめちゃくちゃ圧倒されちゃったわ。私がアズロさんにお礼を言いたいくらいよ。」

マリンももれなく顔を赤くしながらぽつりと呟く。ウチの家族をそこまで褒めてくれてありがとうございます、そう呟いた妹を呆れたように横目で見つめる兄もまた同じ気持ちだったのだろう。そこまで表情が悪くない。

「…聞かせてくれてありがとうね、アズロさん。さ、二人の事も少し分かったことだし食べましょう!」

母の仕切り直しのおかげでようやくセドニー一家の晩餐の時間が始まった。不機嫌な表情を隠そうともしない父の横には、さりげなく強めのお酒が母の手によって用意される。何事もなかったかのように過ごすアズロを横に、セドニーの熱はいつまで経っても治まりそうになかった。

「アズロさん、グラスをどうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
「今日はセドニーの好物ばかりなのよ?たくさん食べていってね!」

セドニーの好物と言われれば料理を見るアズロの目が変わる。大皿から取り分けられた料理は次々にアズロの更に乗せられていった。

「おかわりもたくさんあるからね!」



久しぶりの母の手料理を堪能したその日、セドニーは何年かぶりの懐かしい空気に包まれながら寝床に着いた。とっくに無くなっていると思っていたセドニーの部屋はそのまま残してくれていたことにまた胸が熱くなる。内装は勿論、小物に全てそのままだった。もうすっかり小さくなっているだろう服も何着かはそのままクローゼットにかけられている。

おそらくこれらはマリンが好まなかったのでお下がりにならずに置いてあるのだろう。これまでの家族の動きも簡単に想像できて思わず笑ってしまった。

思いが溢れて夜が更けても眠れそうにない。

リビングのソファで眠ると譲らなかったアズロが気になり、セドニーは様子を見に行くため部屋の外に出ることにした。
< 59 / 71 >

この作品をシェア

pagetop