魔女のはつこい
「すまない…頭が回らない…。」
「えっと、あの。」
「…っ駄目だ!」

項垂れて脱力していたかと思えばアズロは急にすごい勢いで顔を起き上がって天を仰ぐ。さすがに挙動不審が過ぎてセドニーは心配になった。

「アズロ?」
「セドニーの匂いを吸ったら身体が熱くなってきた。よく分からんが危ない気がする。」
「にお…っ!?」
「…~~~悪い。」
「…だ、大丈夫。」

衝撃的な発言にセドニーも一瞬で身を小さく固くして守りに入った。上の方から絞り出した声で謝罪が降ってくる。どう反応するのが正解が分からず、よく分からない答え方をしてしまった。大丈夫ではないのに大丈夫というのも奇妙な話だ。

大きく息を吐く音が天を仰いだままのアズロから聞こえてくる。懸命に落ち着こうとしているのだとすぐに分かった。

「昨日、セドニーの父君にも同じような態度をとってしまって呆れられたばかりだ…不甲斐ない。」
「お父さんと?」

その言葉にそれは昨夜の出来事だとセドニーは理解した。あの時、しばらくあった沈黙はアズロのこの悶える時間だったのだろうか。確かに「もういい。」と告げて父親は家の中に戻ってきた。あの言葉の意味を勘違いしていたのかもしれない、ふとそんな可能性が過ってセドニーは思いを巡らせる。

「セドニー。俺も…その、貴女を…。」

空に逃げていた顔を戻してセドニーと目を合わせる。その表情は真っ赤にしながらも懸命に向き合おうと引き締めていた。何度も詰まって、視線は逃げて、いつものアズロらしくない様子にふわりとセドニーの心が温かくなる。

「えっと…その。」

セドニーを抱えるアズロの体温が熱い。一生懸命に戦っているのかと思うと思わず笑みがこぼれてしまった。期待してしまってもいいのだろうか。そんな淡い希望が生まれてセドニーを温める。

「…なあに?」
「貴女を…い、愛おしいと、思っている。」

態度で表すことはあんなにいとも簡単にしてくるのに、言葉にするのはどうやら苦手だという事がよく分かった。少し涙を浮かべた金色の瞳は、緊張からかほのかに揺れながらも真っすぐにセドニーを射抜こうとしている。

嬉しい。さっきまでの不安な気持ちを全部抱きしめられるくらい心の中が大きくなった気がした。こんな表情のアズロは初めてだ。だから確信をもって頷ける。

「うん。ありがとう、アズロ。大好き。」

嬉しくて、この気持ちを抑えきれなくてセドニーはアズロの首に両手を回して抱き着いた。珍しく戸惑ったアズロもセドニーの背中に手を回して強く引き寄せた。アズロの体温を背中にも感じる、その事がセドニーをより満たしていくのが分かった。

嬉しい、嬉しい。思いが通じることがこんなに心も身体も満たしてくれるなんて知らなかった。頬が緩むのを止められない、口元も緩んで笑い声が漏れてしまう。

「ふふ…っ。」

嬉しい、嬉しい。止められない高揚感からセドニーがアズロの首元で頬ずりすれば、今度はアズロの身体が硬直するのが分かった。強く自分の方にアズロを抱き寄せる、その仕草にアズロも同じようにして答えてくれるが彼の心境はセドニーと少し違っていたようだ。

「セ、セドニー。」
「なあに?」
「…セドニー。離れがたいんだが…離れなきゃいけない気がする。」
「…っ離れよう!」

呼吸も荒く、みるみる熱くなるアズロの身体に妙な緊張感を覚えたセドニーは遠慮なしに自身の身体を引き剝がした。危なかった、何故かそんな言葉が頭の中を過る。痛いくらいの鼓動に耐えながらアズロの方を窺えば、彼は俯いたまま呼吸を整えているようだった。

「すまない。」
「う、ううん。大丈夫。」

何となく謝らないといけない気がしてアズロは陳謝した。セドニーもどう答えていいのか分からず、大丈夫としか返せない。何とも言えない空気が二人を包み、そこから沈黙が生まれてしまった。

まだ夜明け前、虫たちの鳴き声が二人を癒すように聞こえてくる。

お互いに深呼吸を重ねて冷静になり始めた頃、改めてセドニーの表情を窺ったアズロはさっきまでの憂いた様子がない彼女に少し安心した。

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