身ごもり一夜、最後のキス~エリート外科医の切なくも激しい執愛~
思い出


一歩外へ出たら雨が降っていた。
植え込みの葉がボツボツと鳴っている。
湿っぽく、しかし何度も吸い込みたくなる匂いがする。
雨音にかき消されるのをいいことに、曲名のない鼻歌を歌った。
鼻歌は私のこめかみにだけ響く。

水澤星来(みずさわせいら)、二十三歳。
私は明日、素敵な人と婚約する。
お相手とはもう話がついていて、関係者に話を通すことで完了する。
関係者とは水澤病院の職員たちのことで、明日の始業前に院長である父から話される。
きっと祝福されるだろう。
婚約者の門脇英知(かどわきえいち)先生は、私にはもったいない人なのだ。
病院事務である私の同僚たちも、和やかで性格のいい人たちばかりで「おめでとう」と素直な言葉をかけてくれるはず。
爽やかなナースステーションの空間が目に浮かぶ。
あたたかい拍手も聞こえる。
鼻歌の理由は、そんな明日の幸せな瞬間のことではなかった。
今夜アキくんに会える、まさに今からのことだった。
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