黒歴史小説 冬の蝉

2-5

「た、卓真……」
 庭に駆けつけた哲二は変わり果てた卓真の姿を見るなり、その場に膝をついて座り込んでしまった。


「……お前だけは許さんぞ……。ハイ・エンド」
「ガタガタうるせぇんだよ。てめぇら、保護システムはよ! どうせ、PXが生んだ、ただの木偶人形じゃねぇか!」
「その木偶人形に頼るのは貴様ら人間だろう! 私達にそんな文句を言える権利はない!」
「だったらその権利とやらを証明してみな!」
 ハイ・エンドが剣を構えると哲二はポケットから子供達の間で流行っているトレーディングカードの束を取り出し、宙に撒いた。
 彼はその行動にただの目晦ましかと思ったが、複数のカードは地面に落ちることなく宙に浮かんでいる。


「な、なんだこりゃ? 手品でも始める気か?」
「そうだ。死のサーカスだ」
 カードは依然、宙で止まったままだ。
 だが、哲二が指を鳴らすとまるで生きているかのようにその場で回転し始めた。

「私の芸に見とれて死ぬがいい!」
 更に哲二が指を鳴らすとカード達が踊りはじめる。
 それは真空の刃と化し、かまいたちのように一瞬の速さで獲物にかみついていく。

「や、やべぇ!」
 ハイ・エンドが身構えた時は遅かった。
 かまいたちは鋭い牙で彼の体を喰らっていく。ハイ・エンドの全身に無数の傷ができる。
 攻撃をくらった当初は痛みも感じなかったが次第に傷が開いていき、大量の血が傷口から流れ出す。

「ちっ、小賢しい真似しやがって。お上品な技じゃねぇか」
「フン、だが、これだけは言える。私はお前を殺すためなら道化にでもなろう」
 そう言っている間もかまいたちであるカード達はさっき啜ったハイ・エンドの血を払い、宙で回転し続ける。

 ハイ・エンドは焦った。
 哲二の攻撃はさほど、力はないが正確なところを突いてくる。
 次に攻撃をもろにくらえば、やられるかもしれない。
 彼は意を決し、赤の剣の力を発動させた。赤の剣が妖しい光りを再度、発する。
 剣に保険をかけたのだ。剣は赤い光りで包まれており、この光りが彼の最大の防御となるのだ。
 だが、同時に危機をもたらすことにもなる。それは実にシンプルなものであった。
 赤い光り、即ち、先ほど卓真を焼き尽くした恐ろしい高熱のレーザー光線で剣を強化させ、迫りくるカード達を全て弾き返すのだ。
 いくら、剣が強化されていようとも全ての攻撃を防がねば、急所をやられて即死という危険性もある。
 彼は危険な賭けに乗ったのだ。


「全て弾き返す気か? バカな、お前はその剣を持って初めて、力を発揮できる。だが、それ以外の視力、反射力、全てFXでしかないのだ。ましてや、保護システムである私の速さについてこれとでも思っているのか」
「グダグダうるせぇんだよ。やるなら早くやれ! こっちは用意できてんだ。それともそっちに自信がないのかよ?」
「フン、いいだろう」
 哲二の操るカード達がハイ・エンドに襲い掛かっていく。


「来い来い来い来い来い来い来い……」
 ハイ・エンドは何度も同じ言葉をブツブツと繰り返して集中している。
「来た!」
 一枚目のカードを真横に払う。見事に命中し、地面に落ちる。
 続いて二枚目、三枚目と順調に五枚目まで打ち落としたが彼も保護システムから見れば、その肉体は常人に近い。
 ハイ・エンドは速さについていけず、哲二の攻撃を何発かくらった。


「フン、やはり私の速さにはついてこれなかっただろう」
「……さっきから、俺に勝った気でいるようだが……マジかよ?」
 ハイ・エンドはうつむいたまま、不気味に笑っている。

「どういう意味だ? お前こそ、頭を打ったんじゃないのか。可笑しな奴だ」
 哲二は顔をしかめた。
「この赤の剣って名前はどうしてついたか分かるか? それはな……この剣が赤色を好むから。血を欲するからだよ」
 ハイ・エンドは気が狂ったかのように笑い叫び、剣を振り回した。

「血を欲するだと?」
「そうだよ。見てろよ、これがこの剣の最強たるゆえんだ!」
 ハイ・エンドは地面に飛び散っている自分のか卓真のか、分からぬ血の海に剣を触れさせた。
 すると剣は今までになかった赤い光を発した。眩しくてまともに目を開けてられない。

「さあ、出て来いよ。バケモン!」
 剣に浮かび上がった古代文字が光りと共にハイ・エンドを包んでいく。
 刻まれていたはずの文字はハイ・エンドの体に焼きついていく。
 ハイ・エンドは急上昇する体温に苦しみ、その苦しみから逃げようと必死にもがいた。
「ぐぁぁぁぁ!」

 熱さのあまり、上着を脱ぐと彼の上半身には先ほどまで剣に浮かんでいた無数の古代文字が烙印のように深く刻まれていた。
 ハイ・エンドの髪は逆立ち、犬歯が異常に発達し、目は真っ赤になっていた。
 その姿は人間というよりも獣に等しい。


「クククッ、これが赤の剣の真の力だ。なんでも、その昔、吸血鬼をこの剣に封印したらしい。だから、血を好むのさ。以来、この剣に血を捧げるとその封印された吸血鬼の強靭な肉体が与えられるようになった……ってわけだ」
 哲二は鼻で笑った。

「吸血鬼? だったら、お前も血でも吸うのか?」 
「俺は吸わねぇよ。この剣が吸うのさ」
 赤の剣は真紅の光に包まれ、血をイメージさせるものがある。
 その姿はハイ・エンドの言ったとおり、血を欲して喉を鳴らす吸血鬼のようだ。

「お前ら、保護システムが超人的な力を持つというのなら、俺達、FXシリーズはそれをこえるバケモンにならなきゃ勝てないだろう」
 哲二は肩をすくめた。
「フン、そこまで力に執着するとは悲しい奴だな」
「とにかく、俺はお前らの存在が気にくわねぇんだよ! さっさとおっ死んでもらうぜ!」
 ハイ・エンドが牙を露にする。
 この生きている事が無意味な保護システムどもを根絶やしにすれば、少しでも自分の存在を確立できる気がするのだ。

 哲二は指を鳴らし、カード達を一斉にハイ・エンドのもとへ走らせた。今度の攻撃は正確に急所を狙った。
 彼も赤の剣の不気味な力を感じ取っていた。
 この攻撃を外せば、自分は殺されるかもしれないと畏怖していた。
 カード達は凄まじい速さでハイ・エンドに斬りかかっていた。
 だが、カード達はハイ・エンドの体にまで達することなく、姿を消した。

「そ、そんな……」
 カード達はハイ・エンドの手の中にあったのだ。一瞬にしてカードの斬動を読み、全て手中に収めたのである。
「言っただろ。今の俺はお前達と同じ力、いや、それ以上の力を手に入れたんだ。こんなのは蚊が飛んでいるふうにしか見ねぇんだよ」
 ハイ・エンドは剣を掲げると音もなく姿を消した。うろたえる哲二を庭の木々の上から見下ろしている。
 まるでコウモリのようだ。
 それに気がついた哲二だったがハイ・エンドもじっとしているわけもなく、次々に庭の木を移動していく。
 その間の速さは超人的なもので保護システムである哲二でさえもついていけない。

 瞬間移動を繰り返しながら哲二を罵る。
「どうだ、凡人になった気分は? 焦るだろう。苦しいだろう。情けないだろう。もがくだろう。憎いだろう。全てを壊したくなるだろう。俺はその痛みを生まれてからずっと味わってきた。貴様ら、保護システムは主である人間にヘコヘコしてりゃいいのに、俺達、FXシリーズを見下ろしやがる。ヘドが出るんだよ!」

 木を蹴りながら、哲二に突っ込んでいく。
 哲二は攻撃をかわせず、ただ、なされるがまま、何度も攻撃を直に受ける。
 よろめきながらも、悪魔と化したハイ・エンドの隙を必死に狙おうとするが、何も見えない。
 一方的にやられている。全てはハイ・エンドに委ねられたのだ。
 もう、誰も彼を止めることはできない。

「血だ……血が俺の源になる。この剣に血を捧げろ!」

 哲二は意識が薄れていく中、頭部が吹き飛んだ巨体が芝生から立ち上がる姿を見た。
 轟音が家中に響き渡ると、物凄い揺れが生じ、ガラスが割れ、紫色の炎が家全体を呑んでいく。 
 立ち上る炎は遥か上空まで達し、夜空が一瞬にして赤く染まっていく。真っ昼間のようだ。
 燃えさかる炎の中で生命が落ちていく音が聞こえた。
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