もどかしいくらいがちょうどいい
【理解度】★★★☆☆☆

 ぴぴぴ、と軽快になるスマホのアラーム音。
 カーテンの隙間から意気揚々と降り注ぐ太陽の光。
 胸のあたりにずしりと重みを感じて、薄く開いた私の眼に映るのは、もふもふの黒い毛並みだ。

 んなぁーん、と黒猫のきよまろが小首を傾げながら見下ろしている。いつも通り頭の辺りを撫でてやると、気持ちよさそうにごろごろ喉を鳴らす。

 ゆっくりと視線を上げれば、きよまろ越しに見慣れた私の部屋の天井があった。

 むくりと身体を起こして、しばらくぼーっとするが、私ははっと我に返って、パジャマの襟首を引っ張って中を覗き見た。

 きっ、清らかな体だ!!! 良かったぁ、あれはだたの解像度の高い夢だったんだ!! 
 ああ、本当に良かった、良かった……の……か?

 すん、と私は一度冷静になって考える。

 あれ……でも、どこまでが夢なんだ?  

 大人バージョンの成瀬くんが登場したところは夢だとして……、その前は?
 図書室での誤告白から階段落下までの出来事が走馬灯の如く駆け巡り、さあっと血の気が引いていく。

 ああ、どうか……! 
 どうか……、あの告白したことすら夢であってくれーーーー!

 絶望に満ちた顔をする私の傍らで、きよまろは呆れたようににゃあ、と小さく鳴いたのだった。




「彼氏、イケメンなんだってね」

「ゴファ!」


 口につけたお味噌汁を派手にぶちまけた。
 いつもと何ら変わらない穏やかな朝の食卓は、お母さんから投じられた一石によって緊迫したデスゲーム会場になったかのようである。

 私はお椀に入ったお味噌汁が零れるくらい身体を震わせながら、お母さんを見上げる。


「なななななん、なんっ」

「もー朝から散らかさないの」

「なななななんで!?」

「なんでって……むぎちゃん覚えてないの?」

「お、覚えて……?」


 素知らぬ顔で私がぶちまけた味噌汁の残骸を片していたお母さんが、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「昨日、家に学校から電話掛かってきたのよ」

「うん」

「むぎちゃんが階段から落っこちちゃった、って」

「……」

「あ、その電話取ったのお兄ちゃんだったんだけど。大慌てでむぎちゃんのこと迎えに行ってくれて」

「……」

「その時、保健室で爆睡してるむぎちゃんのこと傍らで、ずうっと見守ってる男の子がいたって」

「……」

「お兄ちゃん、あれ絶対彼氏だ……イケメンだった……って、地味にショック受けちゃっててそれがもう面白くてね~……って、むぎちゃん聞いてる?」

「……じゃ……」

「むぎちゃん?」


 やっぱ、夢じゃねえのかよッーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?
 悪夢だ……夢じゃないけど……じゃあ、本当に私は、成瀬くんに……こ、こくッ……あ、終わった。何もかもおしまいだ。

 成瀬くんへの弁明の機会すらみすみす逃したうえ、お兄とお母さんにまで勘違いされて……待って、待って、え? 
 これ……もしかして、詰んでない?
 ここから正規ルートに戻るの不可能じゃない? どう足掻いても、バットエンドルートまっしぐらやん……。


 高校1年生、春。
 どうやら、私の思い描いた淡い青春は──始まってすらいないのに、終わりを告げたらしかった。


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