仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


 リビングに戻るとふわりと甘辛い醤油の匂いがしてお腹がぐぅと思わず鳴りそうになる。


「穂乃果、ちょうど出来上がったところだよ。食べよう」


 エプロン姿の玲司がお肉とサラダののったお皿を両手にダイニングに運んできた。美味しそうな鶏肉の照り焼きがのっている。


「でも玲司さんがお風呂まだですし、後ででいいですよ」
「僕は食べ終わったら入るよ。温かいうちに食べよう、ほら、座って」
「……ありがとうございます」


 初めて玲司の家に来たときから決まって穂乃果は大きなダイニングテーブルの端に座っていた。分かりきっているからか玲司もご飯を端に置いてくれ、その向かいに自分のご飯も置いて向かい合って食べている。
 ダイニングテーブルに並んだ鶏肉の照り焼きとサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁に白米。「いただきます」と両手を合わせてまずはお味噌汁を飲む。初めてここに、玲司の家に引っ越してきた日も玲司の作ってくれた豆腐とワカメの味噌汁を飲んだことをふと思い出した。
 美味しい、思わず口にしそうになってしまった。穂乃果はまだ一度も玲司が作ってくれたご飯を美味しいと伝えていない。初めて作ってくれた炒飯も、熱を出した時に作ってくれたおかゆも、今飲んでいる味噌汁だって美味しいと伝えていない。始めは自分たちに会話など必要無いと思っていたから。憎い相手に美味しいと褒めるのも癪だった。でも今は、素直に口から美味しいという言葉が出てきそうになってしまっていたのだ。やっぱり、自分でも気づくくらい玲司に対しての壁が少しずつ壊れかけているような気がする。


「そうだ。来週の桃果ちゃんへの花を何にしようか悩んでるんだけれど、桃果ちゃん何がいいとか希望あるかな?」
「希望とかは無いと思いますけど、本当にお気持ちだけで十分です。毎週のように綺麗な花を頂いてしまって、他にも沢山買ってもらってしまっているのでもう十分ですよ」


 それは穂乃果の本心だった。病院代だけの約束が桃果の身も周りのものまでお世話になってしまっていては最初の約束通りではなくなってしまう。


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