仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。

 淡々と葬儀が終わり、参列してくれた人達が全員帰宅した後、父の遺骨を胸に抱いて一人ぼーっと外に立って綺麗な青空を見上げる。やっぱり眩しいくらいくらいの晴天で穂乃果は目を細めた。


「疲れたな……」


 本当に全部終わってしまったんだ。ずっと葬儀中も泣くのをグッと我慢していた穂乃果は崩れるようにしゃがみ込み、一人で大泣きした。誰にも見られていないからいいだろう。また、泣いて、泣いて、涙を枯らすくらい泣いた。


「……帰らなくちゃ」


 いつまでも泣いていられない。これからのことを考えなくちゃ。桃果のところにも無事に葬儀が終わったことを知らせに行かなければ。今までも桃果を守ってきたつもりだったけれど、それは父と二人でだ。これからは自分一人で歳の離れた妹を守らなければならない。
 しゃがみ込んでいた身体を立ち上がらせ、シャンと前を向く。すると全員帰ったと思っていたのにどこから現れたのか穂乃果の事をじぃっと見てきた男がこっちに近づいてきていた。


「大丈夫ですか?」


 穏やかで、深く響きのある声だ。


「あ、大丈夫です。今日はありがとうございました。その、父のお知り合いの方でしょうか?」
「ならよかった。私は桐ヶ谷製菓の者です。桐ヶ谷玲司と申します」


 スッと名刺を出されつい反射条件で受け取ってしまった。


 ――桐ヶ谷製菓の桐ヶ谷玲司?


 まさか目の前にフラッと現れた男が嫌悪感を抱いている桐ヶ谷製菓の社長だなんて。


「すいません、私今名刺を持っていなくて」
「気にしないでください。僕は自分の身分を証明するために貴女に渡しただけですから。……穂乃果さん」


 ドキンと心臓が高鳴った。ひどく優しい顔で穂乃果さんなんて名前を呼ぶものだから憎くて嫌悪感しかない相手のはずなのに、玲司の表情に、優しい声に身体が反応してしまったのだ。


「なんでしょうか」


 つい、身構えて父の遺骨をギュッと握りしめた。

< 14 / 170 >

この作品をシェア

pagetop