貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 区役所を出た真梨子は、清々しい気分で空を見上げる。肩の荷が降りた気分だった。結婚しているからこそ感じた不安や悩みも、もうこれからは考えなくていい。なんて気楽なのかしら。

 そして明日からのことに目を向ける。とりあえず即入居が出来る部屋を探さないと。いつまでも譲に頼るわけにはいかないもの。家電に家具、ちょっと出費が多くなるけど仕方ない。

 それにこれからいろいろな手続きとかの問題も出てくる。乗り越えなければならない壁もたくさんありそうだった。

 駅に向かって歩き出そうとした時、スマホから着信音が響く。相手が譲とわかると、真梨子は笑顔が漏れた。

「もしもし」
『お疲れ様。どうだった?』
「大丈夫。円満に終わったわ。今区役所に提出して、晴れて独身よ。自由万歳ってこういうことを言うのね。何にも縛られない感じ」

 その時だった。突然車のクラクションが鳴り、驚いた真梨子が振り返ると、譲が車の中から手を振っていた。

『良かったら乗っていく?』

 真梨子は頷くと、彼の車に駆け寄り、助手席に乗り込んだ。

「……タイミング良すぎじゃない?」

 怪訝そうな顔をする真梨子に対し、譲は得意気な笑顔を浮かべる。

「十八時に話し合いをして、その足で区役所に向かったらこのくらいかなと思ってさ。それに合わせて仕事を切り上げてきた」
「……ちゃんと仕事してるわよね……?」
「当たり前だろ。俺は期待以上の仕事をする男だからね。昨日の夜も、期待以上だっただろ?」

 譲がそんなことを言うものだから、真梨子はふと昨晩のことを思い出す。何度も果てたため、今日は腹筋が痛い。

「……ちょっと自信過剰じゃないかしら」
「素直に『気持ち良かった』って言えばいいのに。まぁ言わないところが、真梨子の可愛いところなんだけどさ。じゃあ夕飯はラーメンにでも行きますか?」

 真梨子の表情がパッと明るくなり、口元が緩む。

「あら、譲にしては良い提案。今日はリッチな濃厚ラーメンがいいわ。オススメはないの?」
「それならいいところを知ってる。海老を丸ごと使った海老ラーメンなんてどうだい?」
「最高。そこにして」
「はいはい、真梨子様の仰せの通りに」

 譲は楽しそうに左ウインカーを点灯させた。
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