貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
変わる
 二人は着替えを済ませると、真梨子は事の進展の早さに驚きつつ、部屋の荷物をまとめ始める。

 これから譲の部屋に行って、そのまま一緒に生活を始めようと言われた。心の準備が出来ていなかった真梨子は、一度は拒否したものの、善は急げだと急かされ今に至る。

「あまり広くはないから、結婚する時には広めの家を探そう」

 もう結婚する予定になってるのね。当たり前のように話す譲に、真梨子は苦笑いをした。ただ結婚するなら新居は別にと言ってくれた譲の言葉が嬉しかった。

 ホテルにあった荷物を全て車に載せると、譲のマンションへと向かう。

 すぐ着くと言われていた通り、十分ほどで到着した。しかし真梨子は想像していたものと違っていたため、驚いたような顔になる。

「社長って高層マンションのイメージだったけど、そうとも限らないのね」
「普段高い場所で仕事をしているからね、私生活は地上から近い方が安心するかな。真梨子は高い方が好きだった?」
「そうでもないわ。実家も戸建てだし、マンションならそれくらいがちょうどいい感じ」

 ただセキュリティはしっかりしているようで、駐車場に入るためには専用キーで門を開ける必要があった。

 車を停めると、トランクから荷物を取り出す。そして二台あったうちの左側のエレベーターに乗ると、カードキーをタッチする。すると自動で三階へと動き出した。

 エレベーターを降りた先は、驚いたことに玄関に繋がっていた。真梨子は驚きの余り、開いた口が塞がらなくなる。

「……ワンフロアに一部屋?」
「正確には二部屋なんだ。エレベーターで玄関がわかれていてね」

 真っ白な大理石の玄関を抜け、リビングに足を踏み入れた真梨子は更に驚きの声を上げる。

「……素敵……! これってブルックリン風っていうんでしょ?」

 黒のアイアンの家具や、ダークブラウンの木材、古い時代のポスターが、部屋の雰囲気を一層味のあるものにしていた。

「そう。こういうインテリアに憧れてたんだ。ちなみにそこのテレビ台と棚は、俺がDIYで手作りしたやつ」
「……本当にあなたって器用よね」
「料理はめっきりダメだけど、こういうのは得意なんだ」
「ふーん……」

 ついリビングに見惚れてしまっていた真梨子は、ダイニングキッチンへ首を向け、更に目を輝かせた。

「アイランドキッチンなの……? 素敵すぎる……」

 足早にキッチンに向かうと、譲がその後からついて来て、真梨子を後ろから抱きしめた。

「料理は好きだって言ってたもんな。真梨子が作ったご飯を食べられるなんて嬉し過ぎる」
「……作ったらちゃんと食べてくれるの? 食べずに捨てるのとか嫌なんだけど」
「朝は必ず食べるよ。夜も基本は家で食べるけど、仕事で会食もあるから、いらない時はちゃんと連絡する」
「……じゃあ作るわ。でも普通のものしか作れないから」
「もちろん」
「和食も洋食もごちゃ混ぜよ」
「うん、楽しみだ」

 譲は真梨子の顔を引き寄せ唇を重ねる。

「……なんか新婚みたいじゃないか? 真梨子のエプロン姿が早く見たいな……いや、割烹着も似合いそうだな」

 嬉しそうに呟く譲を無視して冷蔵庫を開けたが、空っぽの様子を見て肩をすくめる。

「とりあえず買い物に行きましょう。これじゃあ何も作れない」
「いいね、真梨子様の仰せのままに」

 真梨子は苦笑しつつも、その会話を楽しんでいることに気付いた。やっぱりこの人といると、無理しないでありのままの自分でいられる。

 そして譲の方へ向き直り、自らキスをする。彼から返される波に溺れそうになって、そっと目を閉じた。

 あぁ、なんて甘いんだろう……私はこの甘さにずっと飢えていたんだ。
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