龍神さまのいるところ

第2話

「ね、舞台の全体を写すのって、こんな感じでいいのかな」

 彼女の操作するカメラに近寄る。

その画面をのぞき込んだ。

「こっちのカメラは、全景を撮る固定用だよね。だったらこれでいいと思う。ズームで撮る方のやつは?」

 彼女の細い指先が、撮影機器に触れる。

その触れた同じ部分のパネルを触れることにすら、戸惑いを覚える。

傾いてもいない三脚を立て直した。

さっき荒木さんにもイヤミ言われたばっかりだし、ちゃんとしないと。

合図があり演技が始まると、彼女はカメラを構え舞台を撮る。

通し稽古は明日もある予定だから、監督である荒木さんのストップが度々入った。

俺たちはその間に保存した動画を見せ合い、山本の動画と彼女の動画を比較する。

俺は山本なんかとは違って、真面目に仕事しに来てんだから。

「内村さんのはさ……」

 ふと俺は顔を上げた。

「お前、『内村さん』ってなんだよ。え? ずっと今まで、そんな呼び方してたか?」

 俺と話す時は、「舞香ちゃん」だったはずだ。

彼女も顔を上げる。

「なんで『内村さん』なんだよ」

「は? なんでって、お前……。なんだよ、もう……。俺は、そういうのちゃんと分けるタイプなの」

 なぜか山本の顔が赤くなる。

「山本くんはいつも、演劇部では『内村さん』って呼んでるよ」

 え? そうだったの? 

じゃあ俺もそうやって呼んでた方がよかった?

「それがお前のやり方か」

「なにがだよ!」

 他の女の子のこと、追っかけてたくせに……。

「じゃあこれからは、お互いに名前で呼び合えばいいってことだろ? 山本は『智明』な」

「それはダメ」

「なんで」

 俺は真顔になった山本を見た。

「俺は名前呼びは、彼女しか許さない主義なの。じゃ、内村さん、続きね」

 なんだよコイツ! 

山本は彼女とカメラを挟んで、普通に話している。

俺は真っ赤な顔をしていた。

なんでこんなことで、俺が照れなきゃならないんだ。

山本が笑って、彼女も微笑んで、俺は時々相づちを打って、思ったことを言う。

いつの間にか舞台では演技が始まっていた。
< 67 / 113 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop