情熱の続き

翌朝、貴広が起きている気配を感じて里穂が重い瞼をうっすら開けると十分な朝の光がカーテン越しに差し込んできていた。
水道の水が流れる音や電子レンジの音から察するに一人で食事をとっているのだろう。いつもならすぐに起き上がってコーヒーを淹れてあげるところだったが、昨日のこともあって顔を合わせづらく感じていた里穂は、もう一度瞼を閉じた。

それから扉が閉まり、鍵がかけられる音を確認してから、里穂は起き上がって、のそのそとリビングへ行く。室内には、おだしの匂いがした。鰹節と昆布のきちんととったおだし。ダイニングテーブルの上を見ると、お味噌汁が用意してあった。豆腐とネギとわかめの、ごく普通の。それから目玉焼きと、その隣には堂々とレトルトのパックごはんが並べられていたので、つい笑ってしまった。これを食べろということなんだなと。

いつもなら里穂が用意する簡単なトーストの朝食を食べていくのに、今日は、貴広が自分できちんとだしを取って、豆腐とネギを刻んで、お味噌汁を作ってから仕事に行ったのか、と思うと。それが誰のためなのか、何のためなのか、里穂にはわかる。少しでも外国の暮らしがつらくならないように、里穂が少しでも元気が出るように。

立ち尽くしたまま里穂は冷めた味噌汁に口をつける。

「しょっぱい」

煮詰まったのか、味付けを間違えたのか、彼の好みがこのくらいの塩分なのか、それともたくさん泣いた里穂のために濃くしておいたのか、塩気が強かった。なぜそうなったのか、本当のところは貴広に聞かないとわからない。でも聞くことができない。目の前にいても、もしかしたら聞けないかもしれない。聞かないほうがいいのかもしれない。彼の作ってくれた料理を、その心遣いを、ただありがとうと言って微笑んでいただくほうが、いい関係でいられるのかもしれないと思ったら。

塩気の強いお味噌汁を飲みながら、里穂は一人すすり泣いた。
貴広と友達のままでいられれば、こんなことはなかったのにと思ったら。
もしも宗一郎とだったら、こんなふうに衝突することはなかったのだろうか、とも。

仕事を終えて帰ってきた貴広はつとめていつも通りというような声と笑顔で「ただいま」を言った。
いつも通りの時間に合わせて夕食の準備をしていた里穂がテーブルに料理を並べながら言う。

「今日、買い物に行けてなくて、こんなのばっかり。ごめんね」

冷凍食品のピザとチキンが残っていたことが救いだったが、缶詰と瓶詰、残り物のオンパレードの食卓に貴広は笑った。

「むしろ豪華だな。クリスマスみたい。いいじゃん」

そういって笑ってくれている貴広に、なんだか気を遣わせてるみたいで申し訳なくなってくる。

「冷やしておいたシャンパン開けよう。月曜日からこんなに楽しいなんて最高」

冷蔵庫を開けて瓶を取りだす貴広の横顔は、明るく見える。本当に楽しいんだ、嘘じゃない、というようにふるまってくれているようにも見えて、里穂は胸が痛む。傷ついているのは彼のほうなのだと。

「昨日、ごめんね。朝ごはんもありがとう。おいしくいただいたわ」

同じタイミングでシャンパンの栓が開く音が響く。里穂のその言葉に貴広は安心したように微笑んだ。

「いや、俺が悪かった。でも里穂の気持ちを聞けてよかった。本当にいつでも、なんでも話して欲しい。」

ありがとう、と里穂が言うと、貴広が里穂の肩を抱き寄せた。その言葉の意味、里穂の存在、お互いの信頼、あらゆることを確かめているような抱擁。

「今夜も一緒に寝よう」

里穂は首を縦に振って、その胸に顔をうずめた。自分を抱く強い腕。服を着ていてもわかる彼の体温。それなのにどこか虚しさが込みあげてくる。もはや何が足りないのかもわからない。
ただ今は、宗一郎が抱きしめてくれたあの一瞬の情熱が、懐かしかった。

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