撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「どうしてですか? 完全分業みたいなものなのに。撮影場所もほとんどかぶらないし」

 直前のシーンとのつながりを考えなければいけない場面は多くないはず。なのに、彼は頻繁に変身前のVをチェックしているという。
 それはなぜなのだろうか。
 私が訊ねると、彼は自身が抱えていたヘルメットを持ち上げ、それを指し示しながら口を開いた。

「スターリーレッドらしさっていうか……赤嶺連司らしさをどこかに入れたいからかな」
「レッドらしさ……?」
「視聴者はスーツを着た俺を連だと思ってる。だから、彼のどんな些細な情報も見逃さないでおきたいんだ。ヒーロースーツを着ているときも、そうでないときも、赤嶺連司は赤嶺連司でしょ? だからなおさら、背格好が似てるのは重要なんだよね」

 つまり、ヤナさんは変身前の赤嶺連司に振る舞いを寄せてるってことなんだろうか。変身していてもそうでなくても、同じ人物であることを示せるように。

「……顔の見えない仕事に、そこまで一生懸命になれるのすごいです。頑張ったところで自分の顔が売れるわけじゃないじゃないですか」
「まあ、そうだよね」

 自分の弱さを晒したあとだからいまさら取り繕う必要はないと思って、敢えて単刀直入に告げてみる。
 するとヤナさんはおかしそうに声を立てて笑ってから、きゅっと表情を引き締めた。

「――でも、たとえ顔が見えなくても、スターリーレッドとして視聴者の記憶に残れば十分だし、やりがいを感じるよ。だってそれって、俺のアクションをカッコいいスターリーレッドとして認めてくれてるわけじゃない。役者冥利に尽きると思わない?」

 彼はヘルメットを片手で抱え、同意を得ようとするみたいに小さく首を傾げた。

「そう考えたら、ほんの少しでも面白い仕事だなって思えてくるんじゃないかな。……おせっかいかもしれないけど」
「ヤナさんは、私がこの仕事を楽しんでやってないことに気付いているんですね」

 ――だからそういう優しい言葉で、私のものの見方を変えようとしてくれている。
 私が言うと、彼はちょっと困ったように凛々しい眉根を寄せて笑った。

「説教臭かったらごめん。俺の意見を押し付けたいわけじゃないよ。でも、君がこの仕事をまっとうしようと思っているなら、もうしばらくは撮影が続く。その間、ずっとイヤイヤやるのはつらいだろうから」
「……そう、ですね」

 この先の撮影を、やりがいを見出せないまま続けていくのはあまりに苦しい。
 なら、ヤナさんの言う通り考え方を変えていくしかないのだろう。
 そのとき、ヤナさんの空いた片手が、私の額の上にぽんと置かれる。

「少しでも楽しんでやったほうが、きっと心も軽くなるよ」

 スーツ越しの優しいその手は、微かな温もりを残してすぐに離れた。
 たったの二、三秒、触れていただけなのに――全身の血が顔に集まってきたみたいに熱くなって、胸の鼓動が高鳴る。

「っ……」

 変に意識しちゃだめだ。
 ヤナさんはただ、私を励まそうとしてくれただけ。
 ……なのにどうしてこんなにドキドキするんだろう。
 目の前のこの人の穏やかな笑顔から、目が離せなくなってしまうんだろう……?

「もう、行ける? 戻れるなら、戻ったほうがよさそう」
「そ、そうですねっ」

 そうだった、もう休憩時間が終わるところなんだった。
 控えめに促すヤナさんに大きく頷きを返して、私は彼とともに廃工場へと戻った。
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