撫でて、触れて ~ヒーロースーツの彼に恋する気持ちが止まりません~
「あの、しゃしん、とってもらってもいいですか?」

 今日のロケ地は土手。シーンの変わり目の休憩時間、スターリーレッドの扮装をしたヤナさんのもとに駆け出して行った子役の男の子が、緊張した面持ちで訊ねる。
 劇団に所属しているという男の子は小学校低学年くらい。ちょうどこの番組のメインの視聴者層だろうから、スターリーレッドのファンなのだろう。

「よろこんで」
「ありがとうございます!」

 ヤナさんは快く了承すると、男の子の母親らしき女性がカメラを構える。
 少し表情の硬い男の子の肩を軽く叩いてから、ヤナさんがカメラのレンズを指差した。彼が男の子に何か声をかけると、ふっと男の子の表情が和らぐ。

「すごくかっこよかったです。すたーりーれっど、だいすきです!」
「ありがとう」

 写真を撮り終わったあと、男の子が興奮した口調で言うと、ヤナさんはお礼を言い、その頭を優しく撫でた。
 純粋に羨ましいと思った。子役の男の子相手にそんな風に感じる自分はどうかしているかもしれないけど、思ってしまうものはどうしようもない。
 ふとした瞬間に思い出しては、左胸が切なくなる。
 ヤナさんに触れてほしい。撫でてほしい。願わくば、特別な感情を伴って。
 
 以前よりも彼との距離が縮まったからこそ思う。
 ――このままヤナさんが恵里菜さんと付き合うのを、ただ指をくわえて見ているつもりなの?
 この番組が終わったら、もう二度と関わる機会がないかもしれないのに?
 ヘルメットを抱く手に力がこもる。

「みのりちゃん」

 ヤナさんと男の子とのやり取りを遠目に見つめていると、緑色のスーツを着た恵里菜さんがヘルメットを外しながら私に話しかけた。

「今のシーンで出番終わりでしょ?」
「はい」
「そう。じゃあ、報告させてくれるかな。……私、クランクアップの日の夜、時間を取ってもらってしゅうくんに告白することにしたの」

 頭から冷水を浴びせられた心地がした。心臓がドキドキといやなリズムを刻む。

「ほら、前にみのりちゃんとそういう話をしたから、抜け駆けはよくないなって思って」
「……そう、なんですね」

 恵里菜さんなりに気を使ってくれたということらしい。
 今日の出番がこれで終わりかどうかを訊いたのも、公開収録のあの日に私が怪我をした原因が自分にあると思っていて、今度は演技前に動揺させまいと思っているからなのだろう。
 もちろん、怪我は私の不注意のせいだし、恵里菜さんのことを責める気持ちもないのだけど。
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