愛しの三味線侍
寒い季節
『舞はどうしてこうもズボラなんだ? 毎日仕事をしていることは言い訳にはならないからな? 僕だって毎日仕事をしているけれど、ここまで部屋が汚くなったりはしないよ』


呪縛のように脳内に響く声と、歪んだ微笑みの中に見えた白い歯に、私は勢いよく飛び起きた。


全身グッショリと汗で濡れていて、呼吸が荒い。


ベッドの上に上体を起こして、部屋の中を見回したとき、ようやくそれが夢だったのだと気が付いた。


窓の外からは薄明かりが差し込んでいて、もう夜が明けてることに気が付いた。


大きく息を吐き出してベッドから抜出し、お風呂場へと向かう。


そこに行くまでの通路に昨日脱ぎ散らかした服とか、読んで放置した雑誌とかが散乱していたけれど、気にせずに踏みつけて移動する。


ワンルーム、一人暮らしにしては物が多くて12畳あるはずの部屋は随分と狭く感じられる。


そろそろ片付けないと、また健に怒られる。


暑いお湯を湯船にためながらそう考え、はたと健はもう来ないのだと思い出した。


夢の中で聞いたあの言は一週間前まで付き合っていた健に実際に言われた言葉だった。


健は大手企業の営業マンで、仕事帰りにスーツ姿でアパートに立ち寄ることが多かった。


その度に『少し部屋が汚いんじゃない?』と言われていたのだけれど、私は仕事が忙しいのだから仕方がないと思っていた。


それに、健だって男のひとり暮らしだ。


少し部屋の中が荒れることくらいあるだろうと思っていた。


しかし、一週間前のあの日、健はついに我慢の限界が来たといった様子で、あのセリフを言ってきたのだ。
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