茜色の約束
紗季(さき)、ごめん。俺、やっぱり音楽がしたいんだ。仕事辞めて東京に行く……」

俺が紗季にそう告げたのは、大学を卒業して半年が過ぎた、空が茜色に染まる秋の夕暮れ時だった。

「たっくん、会社辞めるってどういうことか分かってるの? あんなに就活頑張って入った一流企業だよ? それを簡単に辞めるって……」

紗季は突然そんなことを言い出した俺に、怒るというより、言い聞かせるような瞳を向けた。

「ごめん……。やっぱり音楽を諦められないんだ。自分がどこまで通用するか試してみたいんだよ」

「そんなの成功するかなんて全然分からないじゃん。何の保証もないんだよ? 辞めたら今の会社にも戻れないんだよ?」

「分かってる」

「分かってなんかない! 私はどうなるの? 別れるってこと? 一緒に結婚しようって約束してくれたじゃん……」

紗季が必死で涙を堪えながら俺を睨むように見つめる。

「ごめん……。ほんとにごめん……。1年だけ、1年だけ夢を見させてくれないか? ダメだったら帰ってくるから……」

「ダメだったら帰ってくるって、じゃあ売れたらどうするの? そのまま東京に居続けるってことでしょ?」

「もう決めたんだ……」

俺の揺るぎない表情を見て、紗季は「わかった。もういい」と言って涙を流しながらその場を立ち去って行った。

俺は追いかけることもできず、ただ紗季の後ろ姿を見つめたまま、立ち尽くしていた。
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