もう、キスだけじゃ足んない。


「桃華だって忙しいのに、帰ってくる俺のために、ご飯作っていつも笑顔で出迎えてくれて。胡桃が遥のことで悩んでるときも、自分のことよりもいつも胡桃のこと気にかけて。胡桃や俺を気遣ってくれる桃華をじゃあ誰が支えるんだって、思ったんだ」


「杏……」


「それは、今回のドラマの件もあって、尚更」

「っ、でも、あたしのために、歌を捨てるのは……」


胸が張り裂けそうだ。

嬉しい。また泣きそうなくらい、嬉しい。

あたしのためにここまでしてくれたこと。

でも杏にはあたし以上に積み上げてきたものがある。

努力も、成果も。

だからこそ、引退するってことは、それらをすべて手放さなきゃいけなくなってしまう。


「歌は、捨てたわけじゃないよ」

「え?」

「bondの一人としてじゃなくて、いつも桃華の隣で歌っていられるなら、俺にとって、それ以上に幸せなことなんてないんだよ」


「っ!!」

「スカウトされたことがきっかけで、芸能界に入って、いろいろやってみたけど。俺が今もこれからも大切にしたいのは歌じゃなくて、桃華なんだよ」

「杏……」

「支えたい、なんて、大きい口聞いたけど、俺ばっかが桃華に支えられてるね、本当、ごめん……」

「っ、なんで、謝るの……っ」


視界が歪む。

止まったはずの涙がぶり返してくる。


そんなに前から。

あたしのためにって、考えて考えて、悩んで、答えを出してくれた。

「ありがとう……」

「もも……」

「ありがとう、杏……あたし、世界で一番幸せ」

「桃華……っ」

ぎゅうっと抱きしめられ、耳元で呼ばれた名前は、どこか震えている気がして。


「いっぱい我慢させて、いっぱい泣かせてごめん」

「これからは、桃華のこと、おかえりって言って待っていられる」


「うん……っ」

「桃華」

「杏……」


自然と重なった唇。


大好きな腕の中で、大好きな人にふれてもらえる。

幸せすぎて、どうにかなりそう。
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