最愛ベビーを宿したら、財閥御曹司に激しい独占欲で娶られました
スリに遭ったときもそうだった。バッグに母の遺影が入っていると聞いた瞬間、彼は人が変わったかのように意見を変えた。

それまでは、犯人を追いかけるな、警察に任せようと言っていたのに、急に自分で交渉すると言い出した。

「どうしてあのとき、犯人を追いかけようって言ってくれたんですか?」

なぜ見ず知らずの他人のためにわざわざ危ない橋を渡ろうとしたのか、ずっと不思議に思っていた。

彼はためらうように目線を彷徨わせたが、なにかが吹っ切れたのか、ため息ととも口を開いた。

「私も母を失くした。二年前――私が三十歳のときだ」

そのひと言に胸がずきりと痛む。彼も私と同じように、大切な人を亡くしたやるせない感情を抱えていたんだ。

「君にとっては、母をロンドンに連れてくることが親孝行なんだな」

私がうなずくと、彼はどこか遠くを見つめながらぽつりぽつりとこぼした。

「俺は母がなにを望んでいたのかをしらない。仕事で功績を残すことくらいしか、親孝行の手段を思いつけずにいる」

『俺』という言葉を聞いて、これが彼の本心なのだと思った。

巨大企業のトップを務め、『騎士』という名誉な称号を授かっても、親孝行ができたと思えずにいるのだろうか。

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