迷彩服の恋人

――行きたくなくて…怒って、注意力散漫だったのがいけなかった。

「えっ?」

――あっ、やばい!転ぶ!!

……グキッ!

「痛っ!!」

このままじゃ顔から着地しちゃう!…と思ったから、とっさに手を付く。
手の方は捻らないように気をつけた。

さっきの痛みは、おそらく左足首……やっちゃったなー。

普段、5cm以下のヒールしか履かないのに…。7cmヒールなんか履いてくるもんじゃない。
お母さんと無駄に喋りたくなくて、言われるがままコーディネートしたのは…完全に失敗だ。

あーぁ。ヒールも見事に折れちゃってるし、ドレスワンピースの膝のところも破れちゃってる…ショールがあって良かった、掛けとこ…。

そんなことを、若干放心状態になりながら考えていると――。

「(プッ、プッ)……大丈夫ですか?」

なかなか立ち上がらない私に気づき、窓を開け…クラクションを鳴らして合図をくれたのは、白色の車に乗る男性の方だった。

ハイヒールが片方脱げていて、歩道に座り込んでいるのを見て、状況把握してくれたようで…その男性の車も歩道に入ってきた。
そして私が座り込んでいる1,2m先で停車したかと思えば…中からその人が降りてきてくれた。

「立ち上がれますか?」

私の目の前に立ったその人は、そう言って物腰柔らかな笑顔で手を差し伸べてくれる。

そんな彼は、筋肉質な体つきで黒髪の短髪スタイル。
素人の私から見ても、日頃から鍛えていると分かるぐらい頼もしい体格をしていた。

「あっ、ありがとうございます。でも…たぶん捻っちゃってて…。」

「えっ、本当ですか。…あっ。ここのタイルの窪みにヒールが引っかかったんですね、きっと。」

ほんとだ、タイルが一部欠けてる…。

「捻挫かな。えっと。すぐに冷やした方が良いけど、今日に限って荷物少なくしてきたし…どうしようかな。」

"今日に限って"って何? いつもは車にいろいろ積んでるの?
この人、一体何者!?

私が、彼に対してそんな失礼なことを考えてしまっている中…周りで様子を(うかが)っている人達も増えてきたことに気づく。

――やだ、恥ずかしい!

「おい、〝お兄さん〟や。〝お嬢さん〟を病院へ連れていってあげなさいな。」

多数の人の中に居るお(じい)さんが、そんなことを言い出す。
< 2 / 32 >

この作品をシェア

pagetop