狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

 少しして幾分羞恥がおさまってきた頃。不本意ながらも、男の手を借りて立ち上がったところで、ちゃんと礼を告げていなかったことを思い出す。

 成り行き上とはいえ、助けてもらったのは事実だ。

 家の駒でしかない自分には何もできないが、誠心誠意、きちんと言葉で礼を尽くさなければならない。

 天澤家の娘である立場上、何があろうと、家の名を汚すようなことがあってはならないのだ。

 そうやって、小さい頃から薫に幾度となく厳しく言い聞かされてきた。

 今まさに、こちらに背を向け、出入り口から出ていこうとする男の広い背中に真っ直ぐに言い放つ。

「あのっ。先程は助けて頂きありがとうございました」

 すると男は、足を止めることも振り返ることもなく。

「否、別にあんたを助けたわけじゃない。ただの偶然だ」

 背中越しにそれだけ言い置くと、そのまま出ていこうとする。

 そんな男からは、もう、美桜が感じた懐かしさも、優しい雰囲気も、一切感じられない。

 さっきまで見せていた優しい表情など、あたかも幻だったのかと思ってしまうほどに。

 自分とは一線を画すような態度を見せる男の有り様に、美桜は言いようのない寂しさを覚えてしまう。
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