炎暑とバニラ

 じきに松原さんは帰ってきて、美味しそうに素麺をすする。


「なんかもーしわけないっすね、こんな色々させて」


 そんな松原さんに、私はゆるゆると首を振る。どれだけお礼をしても、したりないくらいなのに。


「良ければなんすけど」


 松原さんは私を見て続ける。


「水族館、行きません?」

「水族館?」


 私は目を瞬く。


「もらったんで」


 もらった……?
 首を捻った私に、松原さんはチケットを突きつけた。


「水族館の招待券」

「……え、いいんですか」

「暇っしょ」


 松原さんはごろん、と横になる。


「魚見て、帰りどっかで寿司食って帰んないすか」

「あはは、なにそれ」


 思わず笑った私に、松原さんは目を細めた。
 なんだか満足そうなその表情に──私はきゅん、としてしまう。


(……きゅん、って。なにそれ)


 私は素麺の器の、白い泡を内包する氷を見つめる。

 恋したところで、どうしようもないのに。

 窓の向こうで、蝉がかしましく鳴いていた。
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