離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~

 翌朝起きると、台所のほうから大騒ぎする声がした。


「坊っちゃまは御御御付けのお豆腐は小さい方がお好みになられますので──あっいえ、大きくてもお召し上がりにはなるのですよ? ただご幼少のみぎりにあまり我儘をおっしゃらない坊っちゃまが『百、僕はお豆腐実は苦手なんだ』と勇気を出して……と、坊っちゃま、おはようございます!」


 まさか寝起きで廊下を全力疾走する羽目になるとは思わなかった。すぱん! と台所の横開き戸を勢いよく開ける。


「人前で坊っちゃまはやめてくれ、坊っちゃまは……(もも)。俺はもう三十超えた立派な大人なんだぞ」

 俺の言葉に、真っ白な髪をきっちりと結い上げた着物に割烹着姿の百が、嗄れた声で「まあ!」と叫ぶ。


「百にとって、永嗣坊っちゃまは何歳でも坊っちゃまでございますよ!」

「……わかった」


 納得したわけじゃない。

 ただ、百が俺の言うことを聞いてくれたことなんかほとんどないからだ。百が正確に何歳かは知らない。

 幼少期、俺の世話係だった百ツルノ。彼女は子供の頃からすでに「おばあちゃん」だったからだ。

 今現在はハウスキーパーとして勤務してもらっているが……引退してのんびり暮らせばいいじゃないか、と提案するたびに「坊っちゃまは百をお捨てになる!」と泣き崩れられて(あれは絶対わざとだ)今に至る。

 そんな彼女に気圧されるようにして、台所の片隅で割烹着を着させられ、豆腐を切らされていたのは──鶴里さんだった。

 振り向き、俺を見る。

 窓から差し込む朝の白い朝日が、鶴里さんを照らす。真っ白な割烹着が陽を反射して、彼女をより神秘的に、美しく見せていた。
 思わず目を瞠る。
 鶴里さんが笑った。


「おはようございます」


 ずくんと心臓が大きく鼓動する。


「……おはよう」


 答えながら鼓動の意味を考える。ぎゅっと切なく痛むこれの意味は?
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