嵐の夜


疲れて帰ってきた私は冷えた布団に寝転がった。
傍らにあるカーテンの内側にそろりと手を差し入れ、窓を少しだけ開けて、息をつく。外の冷たく澄んだ空気が鼻を掠めた。
カーテンを少し避けて片目だけ出してそっと外を眺めれば、暗闇の中、枯れた葉を振り乱してザワリザワリと揺れる木々が見える。今晩は嵐になるらしいと、さっき母が言っていたのを思い出した。
寝間着を着るのも面倒で服を床にほっちらかして下着のままベッドに入る。そして、身を守るように冷たい羽毛布団の中に潜って、目を閉じた。

寝る前は色々な過去がポツポツと思い浮かぶ。
振り返れば大変恥の多い人生だったと思う。
人間として不完全だった私は人との距離の詰め方を知らず、空気を読んでは誰かの玩具として遊ばれていた、それを友情だと思っていた。今でも時々そいつらの事が1人づつ頭に浮かんではどっかで死んでてくれないかなと思う事がある。

自分よりも馬鹿な奴の夢を笑っていた事もあった。
そいつは佐藤と言う男で、歌手を目指していた。しかし歌は下手だし、ギターも中途半端で、ありとあらゆる女の子に声をかけてはキモイと罵られていた。
だけど、そいつの夢を否定していた事を私は後悔している。確かにファンの女の子を食った事と自慢していたりと、最低なヤツだったがそれでもあいつはちゃんと夢を追いかけていた。それを否定した言葉が、また夢を目指す今の私に返ってきた。


私だって中途半端だ。


私は結局空気を読んでいた。そのせいで誰かが傷くのを知っていながら空気を読んでいた。


これは罪だ。もう、誰にも顔向け出来ないほどの大罪だと私は思った。そして、過去の自分を死ねと呪った。


その日、夢を見た。卒業式の夢だ。
全く知らない、ありもしなかった卒業式の夢である。
暖かい風に舞い踊る桜吹雪の中、私は苦手だった奴らとも仲良く話し、全員を快く、心の底から送り出していた。
佐藤にも、ギターできるようになったんだろ、頑張って歌手になれよって送りだしてた。今まで生きて来て会った人達全員がいた気がする。あの人達が居て今がある。

あぁ、素晴らしき日々。生きて大きくなれよ、皆。また会うまで、さようなら!

暖かい陽だまりの中で、大きく手を振る私の心は清々しく、次の世界への希望で燃えていた。


目が覚めるとまだ夜は明けておらず、外ではまだザワリザワリと風の吹き荒れる音が聞こえた。部屋は暗かった。眠り過ぎて、頭痛がした。
私はまだ心に残っている火の余韻を感じながら、しばらくぼうっとしていた。

こんな風に終われば良かったのになと思った。
全てが丸く、美しく、童話のように終われば良かった。

現実は違う。大団円で終わることなんて滅多にない。そんな美しい世界なら、誰も人を恨む事も殺す事もしないだろう。


人は罪をおかしながら生きている。それはすぐに気がつく事だったり、後に気がつく事だったり、しかし、必ず自分を殺したくなる程、後悔するのだ。


ザワリザワリ、風が吹く。

私は枕に顔を押し付けて、お願い許して、と叫んだ。

ザワリザワリ、風が吹く。

私は明日の罪に怯えている。

ザワリザワリ、ザワリザワリ。


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