先生、大嫌いです。ーあるふたりの往復書簡ー
十七通目【あの日の心】
6月12日

英里へ
20歳、誕生日おめでとう。
まさか手紙をリクエストされるとは思わなかった。付き合ってから手紙のやりとりはなくなったけど、これ、毎年やるのか?
まあいいや。英里が喜んでくれるなら、できるだけ希望に沿うよう努力します。
ただ、満足してくれるものを書ける自信はないから勘弁してほしい。

何を書いたらいいかな。
まだ、教えてないことを書こうか。

志摩野英里という生徒は、俺にとって不思議だった。
好かれてるのか嫌われてるのかわからなくて、最初はただ気にかけてる生徒ってだけだった。
年に1人くらいいるんだ、特に印象に残る生徒って。その時はそれだけだと思ってたんだけどな。志摩野との時間は、ダメ出しされたりするやりとりも含めて全部、妙に楽しかった思い出しかないんだ。
いつからそういう意味で特別になったのか、自分でもわからない。
女子生徒からの好意を断る時、迷ったことなんかなかった。だけどもし、英里に告白されたら揺らいでたかも知れない。
卒業式の時、手紙をもらって驚いたけどすごい喜んでる自分がいて。ただ単純に、嬉しかった。
ああ、だからあんな態度だったのかって安心してさ。なんだかんだと理由つけて、返事を書いた。
もう、その時点で俺の気持ちはたぶん固まってたんだと思う。返事をやめる気はなかったからな。戸惑って自覚できなかっただけで、気持ちは行動に表れてたんだなと、後から気付いた。
バカでごめん。俺は、卒業式までちゃんとした先生でいられたかな?
生徒にとって、先生はすごく大人に見えると思うけど、俺からしたら案外中身は変わらないんだよ。
必死に「大人」してるだけでさ。
嫌いだって書いてあるのに、泣いてるみたいに俺のこと好きだって気持ちが溢れてる手紙を、俺がどれだけ愛おしいと思ったかなんて知らないんだろうな。
携帯番号知ってるのに、必要な時以外連絡しない律儀さとか。俺が思いもしない発想で、生きていく姿とか。その全部が俺には新しい発見で、可愛くて愛おしい。

またとりとめがなくなったな。
英里にとっては文章を書くことが、気持ちの整理になるだろうけど、俺は書けば書くほど混乱する。
なんか、隠れていた本音とか子供みたいな俺が出てくるような気がして。
本当に、これで勘弁して。
これ以上、さらす恥はないってくらい恥ずかしい。

良い1年を過ごして下さい。
お酒はほどほどに。俺のいないところで飲み過ぎないように。

この貴重な1日を、俺と過ごしてくれてありがとう。

孝行




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