これはきっと、恋じゃない。

プロローグ


 眠れない夜をごまかすように、動画サイトを開いた。

 この間、途中まで見かけていたドラマをタップする。
 どんな話だっただろう。集中してすべて見ているつもりでも、頭の中では色んなことを考えているせいで、内容をほとんど覚えていないことに気がつく。

 再生ボタンを押すと、アスファルトを打ち付ける雨音が聞こえ始めた。

 黒の学ランの男の子は、髪の毛から汚れた白いスニーカーまでぜんぶがずぶ濡れで立ち尽くしていた。その姿を見とがめて、少し傷ついたような表情を見せた女の子は、黄色の花柄の傘を男の子に差し伸べた。

『大丈夫?』
『これが大丈夫に見えるかよ』
『……ごめん』

 2つ歳上のお姉ちゃんにすすめられて見始めた、よくある青春恋愛ドラマ。少しやんちゃな男の子と、みんなから愛される優しい女の子の恋模様が描かれている。

 本当によくあるドラマだった。……どんな内容か覚えていなくたって、すぐに見入れるくらいには。

『石田くん、優しいね』

 なにをもってこの女の子は、このずぶ濡れの男の子にその言葉をかけているんだろう。前回まで見た内容がすっかり抜け落ちてしまっているせいで、理由が検討もつかない。

『うるせぇよ』

 ぼーっと画面を見つめる。石田くんの顔がアップで映る。肌荒れもニキビもない、つるんとした肌に、やけに綺麗な横顔だ。Eラインが歪に曲がることなくまっすぐと下りていて、どこから見ても整った顔をしている。

 楢崎永久(ならさきとわ)。それが、石田くんを演じている子の名前らしい。

 いつかお姉ちゃんが言っていたことを、頭の中で手繰り寄せる。
 アイドルグループcipher(サイファー)のセンターで、本職は歌って踊るアイドルだけれど、最近は俳優業にも力を入れていて、色々な映画やドラマに出ているらしい。

 でもそういうものにとんと疎いわたしは、クラスでワイワイ女の子たちが話している内容にも、ほとんどついていけない。お姉ちゃんからもらう知識も、それほど興味がないからすぐにすり抜けていってしまう。それをわかって対応してくれるのは、親友だけだ。

 明日から、2年生の新学期が始まる。
 新学期は苦手だ。一度築いたものが、すべて崩れてしまうから。

 またわたしの知らないアイドルの話に、愛想笑いを浮かべて相槌を打たないといけないのかな。

 そう思うと、すこしだけ憂鬱だった。

「……はぁ」

 真っ暗な部屋のなかに、わたしのため息が響き渡る。
 場面は変わって昼間の教室が映し出される。スマホはぴかぴか光り、楢崎永久の綺麗な顔を映していた。
< 1 / 127 >

この作品をシェア

pagetop