これはきっと、恋じゃない。


 ――約束、したんだ。

 あの春の日。暖かい陽気で、桜の蕾が綻び始めたころ。
 誕生日を過ぎて、これからの未来に希望しかなかったあのころ。

 湿っぽく薄暗いあの場所で、でも変わらない笑顔で旭羽は言った。

『必ず、デビューして。遥灯ならできるから』

 最期にそう言って、旭羽はただ静かに、眠るように目の前からいなくなった。

 あの日以来、春が嫌いになった。
 春は、別れの季節だから。

 旭羽もいなくなった。
 他の同期も仲の良かった人たちも、春を理由にいなくなった。

 ぎゅっと手を握り締める。張り詰めた息を大きく吐いて、自然の青臭さが濃い空気を吸い込んだ。

 リュックの中から、シンプルなワンカラー刷りの台本を取り出す。

 今まで当たり前のように口に出してきた、デビューの夢。
 それは本当は、誰の夢なのだろうか。

 ……俺の夢だ。
 でも、俺のものじゃない。

 本当の俺は? 本当はなにがしたい?
 本当になりたいものは、よくわからない。空っぽのまま、なにもない。

 台本をめくる。蛍光ペンで色付けた文字を指でなぞる。
 期待を裏切って、落胆された。見向きもされなくなって、そして父親は誰かに殺される。復讐として、疑われる高校生役。犯人は違うけど。

 このキャラクターの気持ちはわからない。体験したことがないから、考えようもない。
 ……でも、できないなんて言葉は、あそこでは通じない。

 そのとき、ポケットに入れたままのスマホが低い音と共に震え始めた。取り出してみると、『林さん』と書かれてあった。

 ――サボったの、バレちゃったのかな。
 まぁ、いいや。

「もしもし」
『あ! 遥灯くん今どこにいるの、学校は!』

 ……なんて答えよう。

「今日は休みます」
『レッスンは? 来れる?』
「はい」
『わかった。……気をつけてね』
「……林さん」
『なに?』

 喉元まで出かかっていた。
 ――やめたい。
 その4文字が。

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