これはきっと、恋じゃない。

「なにため息ついてんの?」
「うわっ」

 突然した声に驚いて顔を上げる。そこには王子くんがいた。どこかすっきりとした表情で、にこ、と笑ってる。

「これあげる」

 そう言われて机に置かれたのは、紙パックの抹茶ラテ。

 なんで?

 頭の中にクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。
 わたしが何がなんだかよくわかっていないのを置いておいて、王子くんは亜子ちゃんの席に座ると、自分の手の中のジュースにストローを刺した。

「……え? なんで?」
「間違えて買っちゃったからあげる」
「あ、ありがとう……?」

 間違えた……?

 王子くんが飲んでるのはオレンジジュースだ。オレンジジュースのパッケージはどぎついオレンジ色で、抹茶ラテの落ち着いた緑色と全然違うから、間違えるはずがないような。

「嫌いなの?」
「うん、牛乳苦手で」
「……え、間違える?」
「――や、その」
「それとパッケージ、全然違うけど」

 そう言うと、王子くんはふいと顔を窓側にそらしてジュースを飲む。

「……お礼、です」

 お礼? なんの?

「その、テストのことも教えてくれたし、色々と迷惑かけたし……」

 これだけで足りるとは思ってないんだけど、と王子くんはゴニョゴニョと呟く。少しだけ、耳が赤いような気がした。

 ……深く突っ込むのはやめよう。

「じゃあ、ありがたくいただきます」
「……はい」

 わたしはボールペンを置くと、ストローを刺す。飲み下すと、冷たい甘味が身体中に広がった。

「なにか悩んでるの?」
「……え?」

 王子くんの視線が、机の上の進路調査書に落ちる。

「それ、進路調査書?」
「……そう。まだ出してなくて」
「ああ、昨日までだったよね」

「王子くんは、もう出した?」
「うん。白紙で」
「……それが通用するのは王子くんだけだよ」

 わたしも白紙で出したい。……この際、ほんとに出してみる? いやいや、今度こそグループワークルームで訥々とお話されてしまう。それは正直めんどうくさい。

「……王子くんの夢、聞いてもいい?」
「グループとしては、やっぱりデビューすること。個人としては、ハタチまでに舞台も映画もドラマも、全部主演で出ること」

 まるで暗記しているように、王子くんはすらすらと唱えた。きっとたくさんの場所で、それを言ってきたのだろう。

 ……予想はしていたけれど、やっぱり違う。
 きちんと目標があって、それに向かって努力しているから。

 レベルが違う。
 久しぶりに実感したその事実に、わたしはまた傷つきそうになる。やっぱりわたしは、なんてだめなやつなんだろう。じわりじわりと、焦りが浮かんできた。

「やっぱりすごいよ、王子くんは」
「そんなことないよ」

 ……いいや、すごいんだもん。ほんとに。
 わたしとは比べ物にならないほど、ちゃんとしてる。

「逢沢さんは?」
「なーんにも。王子くんとは違う意味で、白紙で出したいくらい」

 わたしは亜子ちゃんみたいに、あそこに行きたいとかそういうのが決まってるわけでもないし、王子くんみたいにやりたいことが明確で、すでに動いてるわけでもない。

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