八城兄弟は僕(=わたし)を愛でたい!
「俺に話せないこと?」

 目の前でかがむ椿くんが、だんだんとにじんでいく。

「穂村さんに……バレちゃった。傷つけて、嫌われちゃった。知ってたら、好きに……ならなかったって」

 ひっくひっくと、鼻をすする音が混じる。
 拭いても拭いても、涙はあふれてくる。
 どうしたらよかったんだろう。

「そっか」

 それだけつぶやいて、椿くんが持っていた紙袋からブラシを取り出した。
 跳ね上がっているわたしのウィッグを押さえて、丁ねいに整えてくれる。

 不安定な音が、静かな美術室にトクトクと響く。

「そろそろ、午後の部始まる。さっきもらってきたカレーパン食べて、戻ろう」

 うなずけないでいると、後ろ髪をくいっと下へ引っ張られて、天井を向いた。

「ずっとここにいても、逆に気まずくなる。俺も一緒にいるから」

 目が合って、そらせなくなる。
 そのまま顔が近付いてきて、そっと離れた。

 行こうと手を引かれ、立ち上がる。
 びっくりした。キスされるかと思った。

 いろんな感情が体の中をめぐりながら、わたしは二組の持ち場へ戻った。

 ナイト&プリンセスカフェは、ちょっとした噂になったようで、急きょ整理券を作って配布したらしい。

 人が集まりすぎて、待たなければ入れない状況が続いたみたい。

「ああー!! 三葉っち、やっと来たぁ! どこ行ってたんだよぉ! 早く早く!」

「みんなお待ちかねでしたよ〜。三葉くんのメイドさん♪」

 安斎さんと矢野さんに背中を押されて、奥へと連れて行かれた。

 いくつかのテーブルを過ぎて、目に入ったのは、シフォンケーキを食べる遠野さんと穂村さんだった。
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