カタストロフィ
第1章

出会い


「君がユーニス・フレッチャーかね?」

相対する貴人、ジェイコブ・シェフィールド伯爵の目に浮かぶ驚愕の色を見て取り、ユーニスは内心盛大なため息をついていた。
新しい勤め先の面接に出向くと、いつもこうなのだ。

「……ずいぶん若いな。それに、女家庭教師(ガヴァネス)らしからぬ容貌だ」

「仰る通り、私のこの容姿は女家庭教師(ガヴァネス)としては異質です。しかし、この顔の造形が御子息御令嬢の教育の妨げとなることは決して無いとお約束いたします」

ユーニスは自他共に認める美女である。
それもただの美女ではない。

まともに手入れをしなくても雪のごとく艶めく白い肌に、細く柔らかな黒髪、そしてイングランドでは珍しい濃いグレーの瞳の、どこか異国的な美女だ。

一般的には、女家庭教師(ガヴァネス)の器量が良いと都合が悪いとされている。
雇い主と関係してしまう、教え子の兄弟に見染められて働きにくくなるなどの懸念があるからだ。

しかし、ユーニスにはそういった懸念を吹き飛ばすだけの実績があった。

「ふむ、君が今まで勤めた家をすべて調べたが、確かにその美貌が教育の妨げとなったことは無いようだ。不思議なことだがな」

「何人か、私を愛人にしようとなさった方はいらっしゃいましたわ。ただ愚かな事に、どなたも面接の時に話を持ち出して来たのです。そうなると、契約前なのではっきりお断りすることが出来ます。勤める前なので私の経歴にも傷はつきません」

「なるほど。もし私が契約後に君に食指を伸ばしたらどうするつもりだったのかね?」

「シェフィールド伯爵はそのような振る舞いはなさいませんわ」

間髪空けずに断言するユーニスに対し、ジェイコブは眉を吊り上げた。

「なぜ断言出来る?」

「シェフィールド家はここ2、3年ずっと女家庭教師(ガヴァネス)を募集しています。それはつまり、募集しても人が集まらない、もしくは雇ってもすぐに辞められてしまうという事。シェフィールド家はコッツウォルズ有数の名家。使用人が長く居付かないなどという不名誉な噂を払拭する為にも、次に雇う者にはなるべく長く居て欲しいでしょう。そんな状況下で、辣腕家と名高い伯爵が私に手を出すとは思えません」

ジェイコブはすぐには返事をしなかった。
長く続く沈黙と、困ったように下がっている彼の眉尻から、ユーニスは噂が真実、もしくはそれに近い事を察した。

「教えられる語学は?」

「フランス語、ドイツ語、イタリア語、ギリシャ語、ラテン語を教えられます」

「数学や化学はどこまで教えられる?」

「大学の講義に出る範囲まで教えられます」

「芸術方面では何が出来る?」

「楽器ならピアノとヴァイオリンを、声楽とハープとフルートは基礎的な事なら教えられます。絵画は油絵、水彩画の両方を教えられます。あとは……ダンスも一通りなら」

矢継ぎ早にされる質問の数々に答えていくと、ジェイコブは重々しく頷いた。

「さすがは元貴族令嬢、それだけの事が出来るのなら申し分ない。報酬は年間100ポンド、期限は2年間でいかがかな?」

「100ポンド!?」

相場を遥かに上回る額に、ユーニスは思わず声を裏返した。

今まで一番気前が良かった家でも、年収が80ポンドを超えたことなどなかったのだ。

「そうとも。それだけの額を出してでも、君には頑張ってもらわねばならないのだ」

厳かに頷くジェイコブの顔つきがあまりにも剣呑で、ユーニスは背筋を凍らせた。

愛人契約を持ちかけられるわけでもないのに、一体なぜそんなに高い報酬を出すのか。

不安が襲ってきたその時、ジェイコブは真っ直ぐユーニスを見つめた。

「君には三男のダニエルの教育を任せる」
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