カタストロフィ

もう一つの傷跡



「あら、見事な薔薇ね」

「そうだろう?」

得意げに笑い、ダニエルは手ずからユーニスにお茶を淹れた。
ミセス・グリーンヒルが連れてきた医者に全治1ヶ月の肉離れと診断されてからというもの、最初の態度が嘘のようにダニエルは大人しくなった。
リハビリ以外で部屋からは出られないユーニスに会いに毎日のように訪ねてきては、何かしら雑談をして帰る。
そんな日々が1週間は続いていた。

「それにしても、黄色い薔薇を17本ね」

もしかしたら、ダニエルは花言葉を知らないのかもしれない。
知った上で選んできたのだとしたら、中々良いセンスをしている。
くつくつと笑うユーニスに、ダニエルはムッとした顔でぼやいた。

「なんだよ、花言葉か?確かに黄色い薔薇にあまり良い意味ではないけど、友情って意味もちゃんとあるんだぞ!」

「じゃあ薔薇を17本はどういう意味になるでしょう?」

さすがにそれは知らなかったのか、ダニエルは思案顔で黙り込んだ。

「絶望的な愛、って意味になるのよ」

「友情の花言葉に、絶望的な愛か。意味深だな」

「そうでしょう?変な誤解をされない為にも、薔薇を贈るときには本数にも気をつけないといけないわ。枝や葉っぱなんかの部位別にも意味があるから、一応知っておいた方がよくってよ」

「なんだか面倒くさいな。世の中の貴婦人(レディ)たちは本当にこんな事をいちいち気にするのか?」

はぁーとため息をつき、口をへの字に曲げるダニエルに、ユーニスは苦笑しながら緩く頷く。

「気にする方は本当に多いのよ。お花なんて贈り物の定番だけど、これじゃあ迂闊に贈れないわよね」

「ユーニスも気にする?」

「私、その手のものは一切信じないの。綺麗なお花を貰ったら、やったー嬉しいなーくらいの気持ちね。いちいちそこに意味を見出していたら疲れちゃうわ」

「冷めてるなぁ」

今度はダニエルが苦笑した。

友人関係となるに辺り、二人は互いに一つずつ条件を出し合った。

ダニエルが提示した条件は、決して彼に触らない事。

ユーニスが提示した条件は、過去を詮索しない事。

人に触れられたくない傷があるという共通点を持つ二人は、ゆるやかに信頼関係を築きつつあった。

「それにしても、本当にこの知識って僕に必要?三男に言い寄ってくる女性なんていないから覚えても無駄だと思うけど」

「知識に無駄なものなんて無いわ。それに、貴方の顔立ちって際立って良いもの。お婿さんを欲しがっている家には需要があるわよ。あと10年もすれば、貴方を巡っての激しい争奪戦があるかも」

「冗談じゃない。僕は結婚なんか絶対しない」

「はいはい。貴方、長男じゃなくて良かったわね」

「まったくだ」

和やかに午後のティータイムを過ごし、日が沈む頃にダニエルを見送る。

それが最近のユーニスの日常であった。



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