カタストロフィ

ダニエルにきつい言葉をぶつけるのは、私情からだけではない。

このままだと彼は貴族社会で居場所を作れないだろうという心配も、一応あるのだ。

「ダニエル様、貴方は三男です。爵位を継げる可能性は限りなくゼロに近い。いつかは手に職をつけ、自立しなければなりません。パブリックスクールに行かなければならないのは、これから先生きていくのに必要な知識と人脈を手に入れる必要があるからです」

「そんな事はわかっている!!」

「いいえ、全然わかっていらっしゃいません!」

逃げようとするダニエルの腕を掴み、ユーニスは無理矢理顔を近づけた。

空色の瞳にはなぜか怯えたような色があったが、構わずに言葉の槍を降らせる。

「このままわがままを言って勉強から逃げていたら、いずれ貴方の居場所はどこにもなくなります。貴方が上等な服を着れるのは、上質な針子を雇えるから。美味しい物を食べられるのは、料理人を雇えるから。病気になっても死なずに成長出来たのは、何かあったらすぐに医者を呼び薬を買えるから。そしてこれらの人員を動かせるのは、貴方のお父上がシェフィールド伯爵だから。ダニエル様、貴方は何一つ持っていらっしゃらない!」

ユーニスが言葉を募らせるたび、ダニエルの顔からは色がなくなっていった。

薔薇色の頬は白く染まり、薄い唇が力なく開いている。

「目を覚まして、現実をご覧なさい!この歳にもなって教師(チューター)ではなく女家庭教師(ガヴァネス)を雇わねばならないのがどれだけ深刻な事態か、少しは自覚なさい!」

「まるで僕の将来を案じているかのような口ぶりだな」

ついカッとなり声を荒げたユーニスとは対照的に、ダニエルは落ち着きを取り戻していた。

しかし落ち着いているのは表面上のもので、瞳にははっきりと侮蔑の感情がある。

「当たり前でしょう。どれだけ生意気で腹立たしくとも、貴方は私の教え子ですよ」

「はっ、馬鹿馬鹿しい。そうやって熱血教師を気取れば、僕が心を開くとでも?」

黙っていれば天使のように愛らしい顔を歪め、ダニエルはユーニスを鼻で嗤った。

「お前の言うことは正しいよ。確かに僕は何も持っていない。父上が干渉してこないのを良いことに好き勝手振る舞っているだけだ」

「ダニエル様?」

「パブリックスクールに行き、そこで学び、いつか仕事を見つけて自立しなければならないのもわかっている。このまま自宅での勉強から逃げるわけにはいかないってことも」

子供らしからぬ苦渋に満ちた声で、ダニエルは絞り出すように呟いた。

「わかってはいるが、嫌なんだ。パブリックスクールには絶対に行きたくない。それに、お前の事もまったく信用出来ない。信用したくもない。だから授業なんか受けない」

信用したくもない、とまで言われたことに憤るより先に、ユーニスはどうしようもない不安に駆られた。

(なんて暗く澱んだ目をするの……)

「なぜ私を信用出来ないのですか?」

「お前が女家庭教師(ガヴァネス)だからだよ」

間髪入れずに返された言葉の意味がわからず、ユーニスは一瞬固まった。

その隙に隣をすり抜け、ダニエルは小走りで出口へと向かう。

結局この日も何も出来ないまま、1日が終わってしまった。


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