カタストロフィ


今の自分があるのは、この貴婦人たちのおかげである。
彼女たち以外にも、様々な人が支えてくれた結果、若くして栄華を掴めたのだ。

ダニエルの蒼い瞳からは、かつてのようなギラギラしたものはなくなっていた。
代わりに、高みに登った人間だけが得られる独特の静寂があった。


(今なら、今の僕なら、ユーニスに並び立てる。彼女に相応しい男だと、胸を張って言える)


長年の望みが叶うまで、あと少し。
逸る気持ちを抑え、ダニエルは馬車が止まるその瞬間を待った。
やがて馬車の速度は落ちていき、身内だけが使う門の前でピタリと止まる。

そこから先は、まるで夢でも見ているかのようだった。
豪奢な噴水、複雑な迷路を有した前庭、季節の花々が咲き乱れる瀟洒な館。
2年前と何一つ変わらない生家は、ダニエルの心を激しく揺さぶる。
彼の帰還を知らされていた使用人たちは門前にズラリと並び、その姿を目にした途端に一斉に頭を下げた。


「おかえりなさいませ、ダニエル様」


一同を代表して挨拶したのは、メイド長のミセス・グリーンヒルだ。
白髪が増えたその頭を見て、ダニエルは離れて過ごした月日を実感した。

「ただいま」

絞り出すようにたった一言そう言えば、シワが増えたが変わらず優しい笑顔のミセス・グリーンヒルが頷いた。


「お荷物はもう届いております。先ほど荷解きも済ませました。長旅でお疲れでしょうから、お風呂に入って疲れを癒してくださいませ。ご自室まで浴槽を運ばせますわ。アン、ダニエル様のカバンをお持ちして。マシュー、ピーター、浴槽の用意を」


相変わらずテキパキと指示を飛ばし、玄関先でダニエルの外套を受け取ると、ミセス・グリーンヒルはメイドと下男を引き連れてその場を去った。

「お久しぶりでございます、ダニエル様」

屈託ない笑顔を向けてきたアンに、ダニエルは口元を緩めた。

「ああ、ただいま」

「会うたんびに背が伸びてますねぇ。これだけ背が高くなったんだもの、もうすっかりフレッチャー先生を見下ろせますよ」

その名前を耳にした途端、鳩尾が熱くなり、ダニエルは思わず足を止めた。
アンはそんな彼の反応を見て、堪えきれず吹き出している。

「相変わらずフレッチャー先生にお熱なんですねぇ。こんなに長い間変わることなく一人の人を想えるなんて、凄いです」

でも、と言葉を区切り、アンが次に言ったことは青天の霹靂であった。

「フレッチャー先生、来年には辞めちゃうんでしょう?ダニエル様のそのご様子だと、片想いのまま終わりそうですね」

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