私の大好きなお母さん
4月1日 朝から痰を吸い取る。
そして眠くなる薬を少しずつ入れていく!
まだ意識はあった。少し会話をした。
桜が咲いたかな?見たいなあが最後の最後の言葉だった!
その日から何も喋る事もない。
だんだん眠ってきた!
4月2日、酸素マスクつける。
痰がつまり吸い取る。
もう呼びかけても反応なし、薬が効いてきた
4月3日、痰がつまり何回も吸い取る。
完全に反応なし、呼びかけても反応なし!
目は開いてるけど反応なし!
4月4日、目は開けているけど反応なし!
完全に眠りについた。
いつ心臓が止まってもおかしくないと言われた。
4月5日、完全に眠りについた。
もう覚悟して下さいとハッキリ言われた!
私は覚悟なんか出来ない!
4月6日に変わったぐらいに病院から連絡があって血圧が下がってきてます。
もう今日がヤマですと言われ、今、行った方がいいですかと聞いたら家が近いのでまだ大丈夫ですよと言われた!
そして午前5時過ぎに病院から連絡があり
もうすぐに来て下さいと言われ私とお父さんは病院に向かった!
そしたら、お母さんは安らかな顔をしていた。
5時21分「ご臨終です」と言われた。
お母さんは旅立って行った!
お父さんは葬儀屋さんとかに連絡して、私は親戚やいとことか弟、娘にも連絡した!
そして私は彼氏に電話をかけた。仕事中だったけど、どうしえも声が聞きたくて、
電話には出なく、その後に電話が掛かってきた。
どうしたって言われたから、お母さんが天国に旅立ったよとって伝えたら、もう少しだから頑張れよって言ってくれた!
私は、ありがとう、頑張るよと言って電話を切った。
病室に戻り、看護師さんが死後処置ををしていたので私はそれをずっと見ていた!
死後処置が終わったので荷物の整理をして
車に運んだ。ちょっとしてから葬儀屋さんが来てお母さんを葬儀屋まで運んだ。
私とお父さんは看護師さんと主治医と一緒に見送りました!
そして私とお父さんは「ありがとうございました」お世話になりましたと言って
葬儀屋に向かった。お母さんは葬儀屋に着いていました!
そしてお布団に寝ていました。顔には白い布がかかっていました!
そしたらいとことか親戚が来ました。
弟も娘も来ました。
そして、お父さんと弟は打ち合わせとか色々としていました。
私は、お母さんから離れる事が出来ませんでした。
とりあえず家にみんな帰り礼服に着替えてまた戻りました。
通夜が4月6日、告別式は4月7日になりました。
お母さんの旅支度を家族でしました。
説明を聞きながら、そして棺桶にお母さんを移しました。安らかな顔をしている大好きなお母さん、まだ生きているみたいだった!
どんどん人は集まって来て、たくさんの人達がお通夜に来てくれました。
さすがに大阪の兄夫婦は間に合わなかった
お通夜が無事に終わり親戚といとこ達と食事をしました。
大阪からやっと兄夫婦が来ました。
わざわざ来てくれて本当に感謝しかない!
大阪組は葬儀屋に泊まるので、ゆっくり休んでもらいました。
お寿司とか、おにぎりとかオードブルを用意していたのでみんなで楽しく食べました。
0時になったのでお父さんと私と娘は家に帰りました。
弟は線香の番をしていました。後は親戚は帰りました。
私はもうバタンキューでした!
そのまま眠りについた。
いよいよ、お別れの日になりました。
本当に亡くなってしまったんだなあって思ったけど信じたくなかった!
告別式が始まり私はもうずっと号泣してました!
最後のお別れの時には写真や手紙を入れました。
そして綺麗なお花を入れてあげました。
涙が止まる事はありませんでした!
出棺の時に使われた曲が糸でした!
それでさらに号泣しました。
火葬場について最後の最後のお別れが来ました。
顔を見た途端、私はお棺にしがみつきました!
そしたら無理やり離されて最後のお別れですと言われお母さんは火葬される所に入って行きました!
そのスイッチを押したのはお父さんでした!
お父さんは涙をこらえて押しました。
私は号泣して泣き崩れました!
お母さんは火葬されて行きました。
お骨になるまで約30分ぐらいでした!
そしてお骨を順番にお骨箱に入れていきました。ずっと泣きながら入れていきました。それを葬儀屋さんに持って帰り初七日をしました。
そして、みんなで食事をしました。
お父さんがみんなに挨拶をしている時に初めて泣きました!
それまで我慢してたんだなあって思った!
お父さんは、すごい人だと改めて思いました。
食事会も終わってから、みんなをお見送りして私達も荷物をまとめて車に乗せて、
お母さんと一緒に家に帰りました。
「帰って来たよ、家だよ」と私はお母さんに言いました。
涙が本当に止まらなかった!
私とお母さんは本当に仲の良い親子でした!
いつも一緒だったし、何処に行くのも一緒だったし、氷川きよしが好きで一緒にコンサートに行ったり本当に色々な所に行きました。私にとってお母さんは、かけがえのない存在でした!
本当に今まで心配ばかりかけて「ごめんね」
これからは頑張って行くからね!
お母さんの分まで幸せになるからね。
本当にこの世に産まれてきて良かった!
本当にお母さんの娘に産まれて来て良かった!
千晶を産んでくれて本当にありがとう!
お母さんの娘で幸せだったよ!
たくさんの思い出をありがとう!
お父さんの事は心配しないでね!
ちゃんと最後まで一緒に居るから!
だから、お母さんは天国で見守っててね!
おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんで
天国で仲良く話をたくさんして下さい!
今まで本当に良く頑張ったね!
これからはゆっくり休んでください。
お母さん大好きだよ!
たくさんの幸せをありがとう!
本当にお母さんの娘で良かった!
大好きだよ!お母さん
終わり
そして眠くなる薬を少しずつ入れていく!
まだ意識はあった。少し会話をした。
桜が咲いたかな?見たいなあが最後の最後の言葉だった!
その日から何も喋る事もない。
だんだん眠ってきた!
4月2日、酸素マスクつける。
痰がつまり吸い取る。
もう呼びかけても反応なし、薬が効いてきた
4月3日、痰がつまり何回も吸い取る。
完全に反応なし、呼びかけても反応なし!
目は開いてるけど反応なし!
4月4日、目は開けているけど反応なし!
完全に眠りについた。
いつ心臓が止まってもおかしくないと言われた。
4月5日、完全に眠りについた。
もう覚悟して下さいとハッキリ言われた!
私は覚悟なんか出来ない!
4月6日に変わったぐらいに病院から連絡があって血圧が下がってきてます。
もう今日がヤマですと言われ、今、行った方がいいですかと聞いたら家が近いのでまだ大丈夫ですよと言われた!
そして午前5時過ぎに病院から連絡があり
もうすぐに来て下さいと言われ私とお父さんは病院に向かった!
そしたら、お母さんは安らかな顔をしていた。
5時21分「ご臨終です」と言われた。
お母さんは旅立って行った!
お父さんは葬儀屋さんとかに連絡して、私は親戚やいとことか弟、娘にも連絡した!
そして私は彼氏に電話をかけた。仕事中だったけど、どうしえも声が聞きたくて、
電話には出なく、その後に電話が掛かってきた。
どうしたって言われたから、お母さんが天国に旅立ったよとって伝えたら、もう少しだから頑張れよって言ってくれた!
私は、ありがとう、頑張るよと言って電話を切った。
病室に戻り、看護師さんが死後処置ををしていたので私はそれをずっと見ていた!
死後処置が終わったので荷物の整理をして
車に運んだ。ちょっとしてから葬儀屋さんが来てお母さんを葬儀屋まで運んだ。
私とお父さんは看護師さんと主治医と一緒に見送りました!
そして私とお父さんは「ありがとうございました」お世話になりましたと言って
葬儀屋に向かった。お母さんは葬儀屋に着いていました!
そしてお布団に寝ていました。顔には白い布がかかっていました!
そしたらいとことか親戚が来ました。
弟も娘も来ました。
そして、お父さんと弟は打ち合わせとか色々としていました。
私は、お母さんから離れる事が出来ませんでした。
とりあえず家にみんな帰り礼服に着替えてまた戻りました。
通夜が4月6日、告別式は4月7日になりました。
お母さんの旅支度を家族でしました。
説明を聞きながら、そして棺桶にお母さんを移しました。安らかな顔をしている大好きなお母さん、まだ生きているみたいだった!
どんどん人は集まって来て、たくさんの人達がお通夜に来てくれました。
さすがに大阪の兄夫婦は間に合わなかった
お通夜が無事に終わり親戚といとこ達と食事をしました。
大阪からやっと兄夫婦が来ました。
わざわざ来てくれて本当に感謝しかない!
大阪組は葬儀屋に泊まるので、ゆっくり休んでもらいました。
お寿司とか、おにぎりとかオードブルを用意していたのでみんなで楽しく食べました。
0時になったのでお父さんと私と娘は家に帰りました。
弟は線香の番をしていました。後は親戚は帰りました。
私はもうバタンキューでした!
そのまま眠りについた。
いよいよ、お別れの日になりました。
本当に亡くなってしまったんだなあって思ったけど信じたくなかった!
告別式が始まり私はもうずっと号泣してました!
最後のお別れの時には写真や手紙を入れました。
そして綺麗なお花を入れてあげました。
涙が止まる事はありませんでした!
出棺の時に使われた曲が糸でした!
それでさらに号泣しました。
火葬場について最後の最後のお別れが来ました。
顔を見た途端、私はお棺にしがみつきました!
そしたら無理やり離されて最後のお別れですと言われお母さんは火葬される所に入って行きました!
そのスイッチを押したのはお父さんでした!
お父さんは涙をこらえて押しました。
私は号泣して泣き崩れました!
お母さんは火葬されて行きました。
お骨になるまで約30分ぐらいでした!
そしてお骨を順番にお骨箱に入れていきました。ずっと泣きながら入れていきました。それを葬儀屋さんに持って帰り初七日をしました。
そして、みんなで食事をしました。
お父さんがみんなに挨拶をしている時に初めて泣きました!
それまで我慢してたんだなあって思った!
お父さんは、すごい人だと改めて思いました。
食事会も終わってから、みんなをお見送りして私達も荷物をまとめて車に乗せて、
お母さんと一緒に家に帰りました。
「帰って来たよ、家だよ」と私はお母さんに言いました。
涙が本当に止まらなかった!
私とお母さんは本当に仲の良い親子でした!
いつも一緒だったし、何処に行くのも一緒だったし、氷川きよしが好きで一緒にコンサートに行ったり本当に色々な所に行きました。私にとってお母さんは、かけがえのない存在でした!
本当に今まで心配ばかりかけて「ごめんね」
これからは頑張って行くからね!
お母さんの分まで幸せになるからね。
本当にこの世に産まれてきて良かった!
本当にお母さんの娘に産まれて来て良かった!
千晶を産んでくれて本当にありがとう!
お母さんの娘で幸せだったよ!
たくさんの思い出をありがとう!
お父さんの事は心配しないでね!
ちゃんと最後まで一緒に居るから!
だから、お母さんは天国で見守っててね!
おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんで
天国で仲良く話をたくさんして下さい!
今まで本当に良く頑張ったね!
これからはゆっくり休んでください。
お母さん大好きだよ!
たくさんの幸せをありがとう!
本当にお母さんの娘で良かった!
大好きだよ!お母さん
終わり

