不器用主人の心は娘のもの

彼女の誤解

 夜、彼が主人姿で娘の部屋に入ると、彼女はかなり緊張した様子でこう言った。

「…御主人様…ようこそ、お越し下さいました…」

 …これはコリーンの言い真似だろうか?
 ここまでの挨拶を彼女はしたことがない。だとすれば理由はただ一つ…

 彼はそばに置かれたぬいぐるみを見やった。
 くたりと倒れ、頭を下げているようにも見えるぬいぐるみ。彼女からこれのことについて何かがあるのだけは彼にも分かった。

 娘は続ける。

「…それはテイル様に頂きました…すぐにご報告できず、本当に申し訳ありません…。御主人様に、このお部屋に置く許可を頂きたいのです…どうか…!」

 何ということか。
 自分が何も言わずに済ませてしまったため、彼女はぬいぐるみを『執事長』にもらったものと思っているらしい。 

「…そうか…」

 彼は呟くように言った。

 彼女は今自ら主人に報告をし、許可を得ようとしているのだろう。

「…。」

 娘は大丈夫だろうかというように心配そうにこちらを見つめている。
 彼は説明を諦めうなづいた。

「…許可する」

 その言葉に彼女は緊張が少しだけ解けたらしくニコリと微笑む。

(笑ってくれた…)

 彼にとっては待ちに待った彼女の笑顔。

 娘に会うのを待ち焦がれていた彼は、湧き上がる気持ちを秘めたまま彼女を自らの熱い腕におさめて夜が更けていった。
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