不器用主人の心は娘のもの

その命令は自分をも苦しめて

「…朝…?」

 どうしたというのか。
 執事としての自分の姿であるこの姿なら、自分を好いてくれる彼女はともに喜んでくれると思っていたのに。

「…テイル様も、私に『役目』を命じるのですか…?」

 泣きそうに顔を歪める娘。

 なぜ今、『主人』の姿で彼女に課してしまった『役目』のことなど出てくるのか。
 彼はすぐに思い当たる。

「…まさか…本当の意味を知らないのか…?」

 なおも彼女は悲しげなまま彼に告げる。

「…テイル様も、私にお役目を果たすようおっしゃるなら…お受けいたします…」

 何ということか、彼女は夜のひとときの本当の意味を知らなかったのだ。

「娘…そうではないっ、そうではなく…」

 彼は言い淀んだ。

 何と説明したらいいのだろう?
 どうしたら彼女はこのような悲しげな表情にならず、自分と同じ夢を見る気になってくれるのか…

「テイル様…」

 何も言えず、黙り込んでしまった自分。
 娘は涙を流し震えている。

「…娘…『私』のことは『好き』か…?」

 前にも彼女にした質問。
 彼女が誤解をしていたとしても、自分に対する気持ちが変わっていないかを確かめるためのもの。

「…好き、です…テイル様…」

 娘はそう返事をする。

「…本当か…?」

 彼女の顔をしっかりと見つめ、確かめる。

「…はいっ…!」

 今度はハッキリと返事をする。
 彼はようやくこちらを向いた彼女の目を、しっかりと見つめたまま告げた。

「ならば…私を信じてくれ…お前のその身だけが欲しいのではないと…」

 彼女を涙を拭き、ゆっくりとうなづいた。
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