不器用主人の心は娘のもの
 コリーンは今までずっと世話をしてきた娘を妹同然だと言っていた。ならばそう思うのは当たり前のことかもしれない。

「こ、コリーン様っ…
「違うっ…!!」

止めようとする娘の言葉にかぶせるように彼は叫ぶ。

 コリーンはじっとこちらを見て黙っていた。

「…娘と、話がしたい。ただそれだけだ。…さあ、娘」

 彼は乗り移ったものが抜け出したように、おずおずと娘に手を差し出す。

 主人の命令となれば彼女は拒むことはできない。しかしいま彼は娘に、本心から自分の誘いを受けてほしいと願った。

 娘は何とかためらいながらもゆっくりと頭を下げる。

「…はい、御主人様…」

 コリーンはそれを見届けると、澄まし顔のまま主人に言った。

「…ではテーブルセットを。御主人様のために、今すぐご用意いたします」

 てっきり『執事長』の姿でいつもしているように出来ると思っていた彼。
 しかし今自分はこの屋敷の『主人』であり、『主人』が床に座り娘を抱きしめるわけにもいかない。

 コリーンはその事実を心に刻んでほしいとでも思っているようだった。

「…ああ」

 彼は落胆したままそう返事をする。

 娘は震え、縮こまったままただ黙っていた。

「それから御主人様、大変失礼ながらもう一つお願いがございます」

 コリーンは彼を見据えて尋ねる。

「この娘のぬいぐるみを、同席させて頂いてもよろしいでしょうか?基本この娘はわたくし以外、同類であるこのぬいぐるみにしか懐いておりませんの。お食事の時間では、なおのことですわ」

 これはコリーンからの彼女への配慮だろう。

「…コリーン、過ぎるぞ」

 黙って様子を見ていたバラドがそう言って制すが、自分は娘がぬいぐるみにだいぶ心を許していたのを痛いほど分かっている。

 そして彼女が食事後にはそのぬいぐるみを膝に乗せて穏やかに過ごすのを、いつも自分の膝という間近で見ているのだから。

「…良い。許可しよう」

 彼はそう答えた。

「ありがとうございます、御主人様」

 コリーンはそう言うと娘に向き直り、穏やかに言い聞かせる。

「いい子にするのよ…?」

「はい、コリーン様…」
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