【完】アオハルに、取り残された者たちよ。



耳をすませば、青春が聞こえてくる。

休日の計画を立てる学生たちの騒ぐ声。
幾重にも体育館に響く仲間を励ます声。
好きな人の名前を紡ぐ甘くて緊張した声。

私がひとりで屋上に寝そべっている今この瞬間も、世界のどこかで甘酸っぱい青春が生まれているのだろう。

そして本来、華の女子高生である私も順風満帆な青春ライフを謳歌している───はずだった。


「いいなぁ、青春。羨ましいなぁ、青春」

高校2年生、田中波瑠。17歳。

私は青春に取り残されていた。

中学生の時は、それなりに青春していたと思う。友達と勉強が嫌だと主張しながらも何だかんだ机に向かっていたり、バスケットボール部で喜怒哀楽を共にしたり、好きな人から告白されて彼氏が出来たり。

青春が私を裏切ったのは、高校生になってからだった。思い当たる節は2つある。

ひとつめ。全ての事の始まりは16歳の秋。今でも記憶に鮮明に残っている、バスケ部の3年生の先輩たちが引退した直後の放課後のこと。
2年生の先輩たちを差し置いて、背番号『7番』を貰ったことで強く反感を買ってしまったのだ。その後先輩からの風当たりが強くなり、最初は擁護してくれていた同級生たちも次第に離れていってしまった。次は自分の番かもしれないと怯えてしまうのも当たり前だ。
こうしてバスケ部に居場所が無くなった私は、年明けに退部届を出して体育館から姿を消した。

ふたつめ。2月14日、バレンタインデーの日だった。サッカー部の人に告白されたのだ。人生初めて逆チョコだった。告白されて悪い気はしなかったが、その人は同じクラスでも仲が良い方の子の好きな人だったのだ。もちろん断ってその場がおさまったことで安心していた。
しかし翌日、教室に入ると私は空気となっていた。告白された事がクラスで広まって「ひとの好きな人を奪って最低」だとか「私を馬鹿にしてるのか」とか、断ったにも関わらず嫌な方に転がったのだ。
人の好きな人を奪って楽しむ尻軽女、なんて妙な噂も回ったせいで私は学校でもひとりぼっちになってしまった。

じゃあ私はどうしたら良かったんだろう。さずけられた背番号『7番』の期待を裏切ったら良かったのだろうか。告白される前に走って逃げたら良かったのだろうか。

何も悪いことをしていないのに、神様は私から青春を取り上げた。

私だって友達と放課後にカフェに行って喋り倒したいし、お互いに鼓舞しあって朝を流したいし、彼氏とか作って色んなところをデートしたい。

「私もしたいな、青春」

何度そう声に出しても、神様も誰も拾い上げてくれない。

昨日も今日も、きっと明日も。

「───青春、したいんだ」

今まで無機質な空に吸い込まれていった言葉が、初めて誰かに掴まれた。

同時に春風が舞い込み、私の重ためな前髪が揺れる。視界が開けたその先に、彼はいたのだ。


「したいなら、やればいいじゃん。青春」

そう言ってニィと片方の口角を上げたこの人を、友達がいない私でも知っていた。

「宮野、くんだったよね」
「正解。少し意外だな、名前覚えてくれていたなんて」
「そりゃあだって、」

有名だから。その先は言わずに口を閉ざした。本人に面と向かって言うのはなんとなく気まずくなってしまう。
私の反応から察した彼は「別に気を使わなくていいよ」と困ったような笑みを浮かべていた。

この人の名前は宮野葵。

隣のクラスの同級生である。彼もまた学年の中では名の知れた有名人だった。それも悪い意味で、だ。
何でも去年の夏、同じクラスの人と喧嘩をしたらしい。勢い余って窓ガラスが割れ、その破片で相手方が数針縫う怪我をしたらしいのだ。


「いいよね。俺もしたいんだよね、青春」
「したいならしたらいいじゃん、青春」
「知ってるでしょ?俺に友達いないの」

その事件以降、同級生や先生も宮野くんのことを腫れ物扱いし始めた。またいつ暴れて怪我をさせられるか分からないと、誰も彼に寄り付かなくなったそうなのだ。
理由は違えど友達がいない宮野くんは、多分私と一緒でどこにも居場所が無いような人だと思う。

「田中さんは、何でそんなに青春したいの?」「何で、かぁ」

そうだなぁ、と頭の中で考える。さらりと流したが、宮野くんも私の名前は知っていたらしい。

根も葉もない噂ばかり流れて、きっと彼の中での私のイメージは最悪なものだろう。まぁここでそのイメージを払拭したとしても、明日から私の立場が変わることはないだろうが。


「だって、悔しいじゃん」
「悔しい?」
「みんなと同じだけの時間を生きているのに、その一分一秒の価値が全然違う」


毎日寄り道もせずに家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。変わり映えしない平凡な日々を送っている私と比べて、みんなはきらきらとした忙しい日常を過ごしているに違いない。
狡い、と嫉妬心ですら湧いてくる。でもそんな事を思うだけで今もこうしてひとりでいることを選んでいる自分自身も嫌になる。

世界も、私も、何てつまらないんだろう。

重く苦しい息を吐いて、ふと下を見下ろす。
ちょうど目線を向けた先には、自転車を並走しながら帰路についている生徒たちがいた。橙色の西陽と向かい風でたなびく後ろ髪が、青春の色を作り出す。とても綺麗だった。


「今この瞬間をどう過ごすかで、その人の人生の価値が左右されるんだと思う」
「奥深い言葉だね。田中さん、小説家とか向いているんじゃない」

そう言って笑みを浮かべる宮野くん。少し馬鹿にされたような気がして、きゅっと眉間にシワをよせる。


「茶化す為に私に話し掛けてきたの?」
「ごめんごめん。でも本心だから」


本心だと言われても正直お世辞にしか聞こえない。無駄に語って損をしたと、宮野くんとの心の距離が遠ざかっていく。
ジリジリと心も足も後退りしそうになった時、彼は「じゃあさ」と私の目を見つめる。

「俺としようよ、青春」

茜空を背景に、目を細めて笑う宮野くん。逆光のせいか彼の姿が少しぼんやりとぼやけて見える。

ふわりと透明度を増して儚く見えるその姿は、まるで青春映画の演出みたいだった。

あ、今、青春っぽいな。

瞳に映るその光景。この時、私は久しぶりに心臓がどきりと跳ねたような気がした。
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