拝啓 まだ始まらぬ恋の候、

「生駒先生、手紙書いたりするんですか?」

「大抵はメールですけど、たまにお礼状とか」

滑らかについた嘘はすんなりと受け入れられた。

「生駒先生は字もお上手だから、喜ばれるでしょうね。あ、この鶏肉やわらかくておいしいです。先生の方は豚肉ですか?」

秋本が覗き込むので、豚バラ焼きを口に入れて、こっちもおいしいです、と答える。

字は独学だが、書くこと自体は好きだった。
お礼状なら型も決まっているし、いつも一発書きで仕上げている。
それなのに、たった二、三枚程度の手紙を何度も書き直して、便箋がすぐになくなるのだと、正直に相談はできない。

廉佑より八つ年上で、結婚して子どももいる秋本なら、経験も豊富だろうと尋ねてみたけれど、有益な情報は得られなかった。

「私なんて本当に筆無精で、メッセージの返信も『了解』しか返さないですよ」

ははは、と廉佑は軽やかな笑い声を立てる。
相談相手を間違えたらしい。

「でも、たまに通販なんかに手書きのメッセージカードが添えてあると、やっぱり『おっ!』て思います」

「へえ、そんなマメな会社もあるんですね」

「流れ作業でみんなに同じ文章書いてたとしても、自分のために書いてもらえるとうれしいですよね」

「なるほど……」

壺漬けをポリポリ咀嚼する秋本を見つめていたら、なんですか? と首をかしげられた。

「秋本さんはおいしそうに食べますね」

「おいしいですから」

年賀状は十二月二十五日までに出すことが望ましいが、すでに過ぎている。
お世話になった幾人かには、揮毫(きごう)をパソコンに取り込んで印刷したものを毎年用意していて、それらはすでに投函した。

問題は、まだ真っ白な一枚。

「秋本さん、絵は得意ですか?」

「得意と胸を張れるものは何もないです」

「ホットケーキのイラストって書けます?」

「ホットケーキですか? ちょっと待ってくださいね」

弁当の包み紙を裏返し、秋本はカチリとボールペンをノックする。

「秋本さん。失礼ですがホットケーキというより団子ですね」

「生駒先生も、字はお上手なのに……」

「色塗ったらホットケーキに見えるかなぁ?」

包み紙の裏面には、ホットケーキには到底見えない楕円がいくつも並んだ。





『明けましておめでとうございます
今年も芙美乃さんに甘い幸運がたくさん重なりますように。

(注)↑この絵はホットケーキです。念のため。

生駒廉佑』


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