孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
『ちょっとお手洗いに』とでも言うような口ぶりにつられて見送りかけて、私はギョッとして目を剥いた。


「ちょっ、霧生君!」


涼しい顔して境内へと引き返そうとする彼に慌てて、その腕を掴んで止める。


「なに?」

「なに?じゃない! こんなところで、なんて物騒なことを」

「妻が侮辱されて笑い者にされたのを、大人の分別で洗って流す。そういう寛容な男が、霞の好み?」

「っ、え?」


腕を払って問われ、怯んで口ごもる。
霧生君は、剛と彼女が歩いていったであろう方向を睨むように見据え、自分のコートの襟を引っ張って直した。


「それなら、ごめん。でも、許せない」


抑揚のない口調でそれだけ言って、再び踏み出そうとするのを……。


「待ってってばっ!」


私は彼の前に回り込み、ほとんどタックルするようにして阻んだ。


「っ、霞」

「霧生君が、許せないって思ってくれた。私はそれだけで十分。十分だから、早まらないで!」


頭上で、小さく息をのむ音がした。
彼の身体から力が抜けるのを感じて、私は安堵の息を吐いてからそっと腕を解く。
恐る恐る顔を上げると、あからさまに不服そうで、仏頂面をした彼を見つけた。
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