孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
どこか皮肉混じりの声色に、私はギクッと肩を強張らせる。


「えっと……覚えてない、って?」


前に身を屈めてローテーブルを見据える彼に、恐る恐る訊ねた。
だけど霧生君は黙ってかぶりを振って、自身の言葉を打ち消す。
なにかを逡巡するような間を置いてから、ギシッとソファを軋ませて立ち上がった。


天井の明かりを背にした彼の大きく黒い影が、頭上から降ってくる。
私が条件反射で仰ぎ見ると、まっすぐ私を見下ろす彼と視線が交差した。


長い睫毛が、彼の秀麗な目元に陰影を作る。
下から見上げる角度のせいか、憂いを帯びた顔に妖しい雰囲気が漂い、私の背筋をゾクリとした戦慄が走った。


けれど、それもほんの束の間。
霧生君は一瞬前までの妖艶な表情を引っ込め、ふっと口角を上げて微笑むと、


「とにかく。僕のものになってもらうには、茅萱さんにもメリットがなきゃいけない。だから、今まで口を酸っぱくして言われた通り、少しでも君の好みに近付けてみようと思ったんだけど」


腕を伸ばし、私の顔の横でソファの背を押す。


「こ、好み?」


私は視界の端で彼の腕を気にしながら、上擦った声を挟んだ。
霧生君が、「そう」と目を細める。
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