"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
彼の正体
夜21時5分前。閉店間際のこの時間帯に来店される常連のお客様が居る。

実家の弁当屋で働く私、川崎萌実(かわさきめぐみ)はこのお客様に弁当を手渡して送り出し、それが終えたら売上金を数えて帰るのが毎日の日課だったりする。

「いつもの……、いえ、やはり唐揚げ弁当を一つお願い致します」

「かしこまりました。揚げたてをご用意致しますので、少々お待ち下さいませ」

彼は日替わり弁当又は唐揚げ弁当を注文するのがお決まりだ。いつもの弁当が日替わり弁当で、好みの物じゃない弁当の時は唐揚げ弁当と決まっているらしい。

接客以外の特別な会話をしたことがないが、仕事帰りに寄っている気がしている。

痩せ型で眼鏡使用、ヨレヨレなスーツ姿。髪型も前髪が目にかかっていて、全体的に長め。清潔感があるかといえば、あるとは言い難い身のこなしだ。

彼は弁当が出来上がるまでは椅子に座って本を読んでいる。こんな時間に来るのは彼だけなので、私はカウンター越しから手作業をしている振りをして眺めている。

彼の読んでいる作品は先日まで読んでいたミステリー作品ではなく、また別の作品だった。

彼に興味があるという訳ではないつもりだが、ついつい見てしまう。何故ならば、眼鏡の奥に見える瞳が綺麗だから。黒目が茶色みがかかっていて、アーモンドアイに長い睫毛。透き通った鼻筋に薄い唇。来店する度に思うのだが、彼は身なりを整えたらば美男子なのでは? と思う。
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