彼がデキ婚するので家出をしたらイケメン上司に拾われました。
「大丈夫?」

昌希さんは歩きながら肩をそっと抱いた。

「正直に言うとかなりキツイかな」

駅に着くまで黙って歩いた。
一人だったら、ここまでの行動をとることはできなかった。
タクシーで実家に向かう間も昌希さんは無言でただ手を握っていてくれた。

モバイルバッテリーによって充電されていく古いスマホを見つめる。

たったの一枚しかなかった家族の写真。
今でも大切にしていた田沼英子との思い出。
母さんはこの事実を知った上でこれからの人生を過ごしていけばいい。

鍵は返しているから玄関でチャイムを鳴らすとすぐに母さんがドアを開け、キョロキョロと父さんを探す姿に憐れみを感じた。

昌希さんは帰宅してから車で迎えに来るとタクシーにそのまま乗っていた。


「お父さんは?」

「今日はホテルに泊まるって」

「え?ホテル?」

「信用はしてないけど、1万円渡しておいたからまともな神経をしてるなら“ひとり”でビジネスホテルにでも泊まるんじゃない」

ダイニングの椅子に座り母さんが来るのを待った。

「父さんとそして田沼英子と会ってきたから」

「え?父さんはまだあの女と会ってたの」

「違うよ、だけど必要があったから。田沼英子に不倫の慰謝料を請求するよ」

「え?」

「この間私が言ったこと覚えてる?」

「離婚の理由のこと?」

「そう、でも母さんは本当に田沼英子のことは調べなかったんだよね」

「そうね。調べて証拠が出たら認めないといけないから」

「でもね、もう現実から逃げないでくれる。私は、母さんがちゃんと現実を知って田沼英子から慰謝料を貰ってそれでようやく私は“家族”を進められる気がするの」

しっかりと見てと言って、古いスマホに収められた写真を次々と見せていく。
母さんは無言で流れていく画像を見つめている。
そして、最後の一枚を見て嗚咽を漏らした。

酷だと思うが動画も再生すると、母さんは声を上げて泣き出した。

「このスマホのパスワードは未だに田沼英子の誕生日だよ」


ううううう

母さんは泣き続けている。

「田沼英子は出雲の愛人で、朱夏のように単なる性欲処理じゃなくて父さんと一緒で随分と貢いでいたみたい。田沼英子から見ると母さんと朱夏って同じような立ち位置だね」
「不倫の慰謝料請求に強い弁護士をおねがいしてあるから、それまでこのスマホは私が持ってる。あと、証拠用に父さんと田沼英子の会話も録音してあるけど聞く?」

母さんは首を横に振って拒否をした。
「彩春、今まで本当にごめんなさい。私が守らなくちゃいけなかったのに、きちんと現実を見なくちゃいけなかったのに、ごめんなさい」

泣き崩れる母さんを残して家をでて、公園に向かうとまだ昌希さんは来ていなかった。

ブランコに腰掛けるとゆらゆらと揺らしてみる。

どんなに謝罪を受けたとしても、父さんを許すことは無いだろう。
大好きだった父さんは、あの江ノ島の思い出と共に色褪せて、今まで忘れていたようにまた忘却の彼方に追いやればいい。

バタンという音がして背後から「彩春」と優しい声が聞こえた。

「話は無事に終わった?」

昌希さんは隣にあるブランコに座るとゆっくりと揺れ始めた。

「母さんが号泣してた。ひどい娘だね」

「彩春はそれ以上に泣き続けたんだから」

「うん、悔し涙だけど」

「田沼英子が逃げられないほどの証拠があったのは良かったけど、確認するのはかなりキツかったな」

「行為自体よりも、田沼英子と一緒に写る父さんの笑顔がキツかったかな」

「帰ろうか」

「うん」


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