彼がデキ婚するので家出をしたらイケメン上司に拾われました。

「だから、オレとヨリを戻してほしい。そして、結婚しよう。こんな事で彩春を失いたくないんだ。何も問題はない、オレたちは一緒になる運命なんだ」
朱夏の話のあとそんなことを言ってポケットから先日返した指輪のケースを取り出したが、右手が使えないため蓋を開けることができないでいた。

「何を馬鹿な事を言っているの。それでも、あなたは合コンに行った。きちんと断っていればこんなことにならなかったし、この先もあなたは流されるんじゃないの。それに私はもうこの恋にピリオドを打ったの。あなたとの未来は綺麗に消したの」

悠也は指輪のケースを開けるのを諦め、私の手を掴んだ。

「それは本当に悪かったと思う。だけどオレは被害者なんだ。だったら、妹の悪行の尻を拭くのは姉の彩春の責任だろ！責任とってオレと結婚しろよ」

目の前には知らない顔をさらしている悠也がいた。
怖い

「私は、妹が嫌いだった。今は、嫌悪する」

「でも、あの女のせいで」
悠也は声を荒げる。その声は、昔、不倫を問い詰められて逆ギレして怒鳴り散らした父の姿と重なり恐怖で身体がこわばってしまった。

「彩春、待たせたね」
そう言って、目の前に置いてあるエスプレッソの入ったカップを左手に持ち右手で私の肩を抱くのはパリッとスーツを着こなした諏訪さんだった。

「あ、あなた誰ですか！今、彩春はオレと話をしているんです。邪魔しないでください」

「彩春、まだ話があるのか？」

「いいえ、もう話をする事も聞くこともないです」

「そう、じゃあ俺たちの家に帰ろうか」

諏訪さんに肩を抱かれながら、出口に向かう。その途中で返却コーナーに諏訪さんがカップを置くと小さな声で「大丈夫？」と声をかけてくれた。
全然大丈夫じゃ無いけど「大丈夫」と答えた。
背後で私の名前を呼ぶ声が聞こえたが無視をした。
諏訪さんに肩を抱かれたままタクシーに乗り込み今では居心地の良い諏訪さんの家に帰った。
家に入ると堪えていたものが溢れてくる。
ポロポロと涙が粒となって落ちていく。

「何か、ひどい事を言われたのか？」
顔を横に振る
涙の理由は、悲しいのではない。
悔しいと言うのとも違う。
憎しみに近い嫌悪感が涙という形で溢れ出しただけだ。

「朱夏の子供の父親は悠也ではなく、妻子がいる人。朱夏は不倫相手の子を孕ったの」

茶の間の座椅子に座った諏訪さんの膝に座って、背後から抱きしめられるような体勢になっている。
なんだか、妙な状態だが背中に温もりを感じながら大きな手に包まれていると安心する。

私は悠也から聞いた話を諏訪さんにボソリボソリと話した。