あなたを満たす魔法
「菱山てめー、何、人の着物着てんだ返せってんだよ焼くぞ!」
「それってあれです? これ、あっちゃんの手作りだから? 俺になんかにはもったいねえみたいな? ヒュー! 」
「わかってんなら返せ」「スマセンしたーァ!」

 赤くなりながら菱山を締めだす家永に、締められている菱山はちゃんちゃんこを脱ぎながら「スイマセン調子こきましたマジスイマセン」と謝り倒しているが。

「これ、あかりが作ったの?」
「うん。お母さんに作り方教わってたから」

 マイペースにそう話しをしていた。夕飯食べてっていい? 今我が家に砂糖と塩しかねーんだわ、と深理が言うと、家永さんがいいなら……と言って彼を見たが。

「ああ、深理は別にいいぞ。菱山お前帰れ」
「なんで! 可愛い後輩がひもじい思いしてて、それを見過ごすんですか!?」
「一週間程度メシ食わなくても生きてけるだろ。つーか給料日、明日なんだし我慢しとけ」
「あまりにあんまりだ! あっちゃんなんか言ってよー」

 あかりは話しを振られたが、わたしは別に……と家永を見る。家永は眉をひそめて自分を見つめており、少し見つめ合う形になったが。

「御夕飯、お鍋で水炊きにすれば、皆さんで楽しめますから……。その。菱山さんも」
「そう言うならいいけどよ……作るのお前だし」

 はあ。とため息をつくと、家永は水道で手を洗いうがいをし、買ってくるもんあるか、とあかりに訊ねる。いえ、とあかりは目を伏せて少し赤くなりながら、首を横に振る。

「お米も、お野菜もお肉もあるので……。あ、でも家永さんがいつも飲んでいらっしゃる、お酒がなかったような」
「あ、じゃあ俺と深理で買ってくる! 鍋パで酒ねーとか辛すぎ。家永さーん、お使い代!」

「てめえ今度ぜってー何か奢れよ……」家永はイラッとした様子で財布をカバンから取り出し、菱山に放る。ども! と笑顔で頷いた菱山は、深理に行こうと声をかけて手を繋ごうとするが。誰が繋ぐか菱山、と、いやそうに手を叩いた。

「いっつ! つめてーなー……。だからさ、従兄に菱山って、名字呼びはねーだろ?」
「うっさい。とっとと行くぞ。あかり、飲みたい物ある?」
「あっちゃん、こいつ昔はさ、可愛く、にーに! って俺のこと呼んで笑顔でついてきてくれ、ダファッッ」
「黙れ菱山。まあ、じゃあ適当に買ってくっからね」

 とっとと行くよ、と菱山を引きずって深理は部屋を出て行く。い・いってらっしゃい、とあかりは苦笑していたが、2人が部屋を出て行くと沈黙が流れる。重たいものではないが、かといって軽すぎるものでもない。さきほど抱きしめられた温度と感触を思い出して耳まで赤くなり、あかりは思わず俯いていたが。

「あかり」

 名前を呼ばれ、はい。と慌てて視線を持ち上げると、家永は、その。と視線をうろつかせていたが。ため息をつき、自分の横を通り過ぎようとして、頭に手を置いた。

「よかったな。友達、出来て」
「……はい」
「どんなことにも真摯に向き合う、お前の良いところを見つけて、よくしてくれるやつが居た。それが深理だった。それだけって言ったらそれだけだけど。……お前にしちゃ、大進歩だ」
「……その通りだと思います」

 目を伏せ、あかりは赤くなって頷く。そして手を外され、ぼうっとしていたが、そういえばと顔をあげる。「家永さん、お仕事は?」

「あー……。抜けさせてもらった」
「え……」
「深理からメッセージ来て、お前がヒデー目に遭ったから、フォローしとけって言われたんだけど……。その内容に、首絞められたとか書いてあったから。店長もびっくりして、帰って容体みて慰めろって」
「そうですか……ありがとうございます、ごめんなさい、心配かけてしまって」
「いい。てか、本当に辛くねえのか?」
「平気です。……マフラー、ちょっと引っ張られた、だけ、です」

「家永さんからのマフラーだから」取られたく、なくて。──あかりは、小さく目を伏せて笑った。「髪飾りだって」

「自分の物だったら、あげちゃったかもしれないけど、家永さんの物だったから……返して、って。怒れたんです。……初めてでした、あんなに反抗出来たの」
「……そうか」

 自分でも、よく勇気が出せたなぁって驚いています。視線を持ち上げて笑うあかりに、家永は少し複雑だったが、ああ。と頷いて、ぽんぽんと頭を撫でる。その心地が良く、あかりは自然と目蓋を閉じて浸っていたが。そうだ、と顔をあげた。

「家永さん、髪飾り、ほんとうに、ありがとうございました」
「あ? ああ、いいって別に」
「びっくりしました。気付くの遅れて……解かれたときに気が付いて。お礼、言えてませんでした。ありがとうございました」
「だから。俺が好きでやっただけだから、気にすんなって」

 結ってる髪型も似合ってたよな。そう言ってキッチンへ家永は歩き、自分用のマグカップとあかりのよく使うカップを2つ用意して、ミルクを注いでレンジで温めだす。

「長さ的には、ミディアムくらいのがいいか。結べるし、今より邪魔にもならねーし」
「家永さんにお任せします」

 お前的には、こうしたい髪型とかないのか。問われ、あかりは少し考えたが。「似合っていれば、なんでもいいかなって……」だからお任せです、と苦笑してキッチンに入り、エプロンを手早くすると、白菜やネギを取り出して冷たい水道水で洗い出す。いかにも寒そうだな、と思った家永は手を動かして、砂糖を棚から取り出し温まったミルクへ入れると、ティースプーンでかきまぜ、溶かしだした。

「丸坊主になっても文句言うなよ」
「……」
「アホ、冗談だ。黙るのやめろ」
「ご。ごめんなさい」

 ん。と家永はホットミルクをあかりに差し出す。それを受け取り礼を言うと、家永が余所を向きながら少し赤くなりつつ言う、この言葉。

「新しいお前の分のマグ、買わなきゃな。お前だって欲しいだろ。たっぷり美味いもん入るカップ」

 ──その言葉に、目を伏せてコップを見つめていたが、頬をじんわりと染め、顔がほころびだすことを自覚した。

「わがまま言っても、いいですか?」
「何だ」

「家永さんと、お揃いの物がいいです。」

 他は何も要りません。そういう意味で、言って照れながら微笑むと、微笑まれた家永も赤くなったが。

「……良いヤツ、雑貨屋で見とく。」

 キッチンを出て、居間へ戻るとこたつに入って、ミルクを口にする。その照れた横顔を見ているだけで満たされて、あかりは、胸がいっぱいで何かがあふれそうになった。その上、ほの甘いミルクと温かさを咽喉に通すと、幼き日に母がよく入れてくれたホットミルクを思い出した。

 今日の夕飯も頑張って、とびきり美味しいご飯を作ろう。改めて、そう思えたのだ。
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