あなたを満たす魔法
 んじゃね。手をひらつかせ、下ろしていた荷物を持ち直して深理は出て行く。あかりは置いてけぼりをくらうも、看護師さんが受け付けから出て来る。歩ける? こっちだからね。優しく案内され、足を少し強張らせながらあかりは頷き、お礼を言って診察室へ入る。
 すると、そこには白衣姿の名渕が、熱心に仕事をしながら目も向けずに、どうした・と声をかけてきた。それだけだ。

「先生、高遠さんのお友達が、足を捻ってしまったそうで」
「深理の友達? ……って、きみか」

 名渕は少し驚いた様子だったが、直ぐに座れと、丸椅子を指差し目を通していた資料を仕舞った。あかりは、本当にいいのかな、とおろおろしていたが看護師は背中を押してくれる。「大丈夫ですよ」

「座って、捻ったほうの靴下を脱いで」
「は。はい」
「先生、レントゲンの用意は」
「折れたら歩けはしないからな……必要はないだろう。と言っても、先ず患部を見てからだ。突っ立っていないで、ほら。座る」
「は、はい!」

 あかりは慌ててよろけながら席に着き、靴下を脱ぎだす。患部に軽く触れると、「折れては、いないな」午後の診察の用意を、と看護師に頼む名渕に、わかりましたと彼女は辞儀をし、診察室を出て行く。2人きりの沈黙が少々痛かったが、名渕は熱心に足首の容体を診ていた。

「……捻挫だな。少し腫れ出している。良い塗り薬があるから出しておく。代金はあとで家永さんから ふんだくる、気にしないでいい。1日4回ほどに分けて、患部に塗るといいよ」
「あ。ありがとうございます……」
「ああ。次は、手首を見せてみろ」
「え? 別に手首は──、」

「痛っ」あかりは名渕から手を引かれただけにも関わらず、右手首に鈍い痛みを感じた。彼はそちらも何度か触り、少し手首を動かしていたが、直ぐに頷く。「こちらも捻挫だな」

「同じ薬でいいだろう。足首へ塗る時、手首の患部にも一緒に塗る、いいな?」
「はい……。でも、わたし手首なんて捻ってないのに」
「転んで捻った患者は、反射的に手で身体を支えて、全体重をそちらに預けてしまうことがよくある」

 名渕はカルテを書きながら、つらつらと言う。「あまり、自覚はない行動と症状でね」

「あとから悪化して、怪我自体が長引くこともある。薬は無くなるまできちんと使うように」
「わ。わかりました」
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